仁川・富平線再び

春になり、桜が咲いたら再び訪れたいところがありました。仁川(インチョン)の富平(プピョン)、親しみをこめて私が町田(東京)と呼んでいるところです。富平駅から富平線(正式名称は第三軍需支援司令部線)と呼ばれる軍用線がのびており、現在はほぼ廃線といってもよい線路があります。

 

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この間訪れたのは2月のはじめ。線路に積もった雪をざくざく踏みながら進みました。今年(2014年)の桜の開花は早く、あちこちで桜祭りの日程が1週間ほどはやまっているときいています。

 

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線路に沿って歩くと、汗ばむくらいの陽気。

 

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去年であったワンコも健在。

 

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線路の横は米軍部隊施設。現在は移転して韓国の関係者が出入りをしています。こちらは元々日本陸軍の造兵廠(銃や砲弾などを作る軍需工場)。1945年以降は米軍部隊が駐留していたのですが、日本陸軍時代の建物が多く残っていると思われます。息子がカメラを構えていたので守衛さんがポーズをして、写真とってーと言ってきました。よく撮れているかな?(このなごやかムードの中で、ちょっとお願いしたら中に入れてくれて、写真撮らせてくれたりして・・・と期待するも、やはり軍施設なので聞くのをやめました)

 

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次に向かったのはタダグミ(タタクミとも)と呼ばれる古い平屋が多く残るエリア。今はモーテルや飲食店の多い富平洞341番地あたり、昔は軍需工場建設に関わった日本人経営の多田組(現・多田建設)の労働者住居密集地だったところで、今も地元の人たちはタダグミと呼んでいます。富平は1938年の日本陸軍による軍需工場ができて以降、大規模な工場が並ぶ工業団地が形成され、そういった工場で働く人々の舎宅が多く作られました。中でも大規模なものが山谷洞、昔白馬町と呼ばれたエリアにある集合住宅です。タダグミの場合、米軍が駐屯すると米兵相手の私娼婦が集まるエリアとなりました。

 

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人がすんでいるのかどうかわからない家がほとんどでした。あるところはアパレルメーカーの倉庫のようにもなっていて、お店の人が出入りしていました。グレーをベースに韓国特有のミントグリーンや水色、青で塗られている家が多く、ある意味統一感があってとてもキレイでした。

 

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娼家だったといわれる建物がありました。以前は山吹色でしたが、こちらもミントグリーンに!この色は、お寺の丹青と関係があるのでしょうか。ちなみに現在はお寺みたいですね。青とはいっても緑に近いですよね。こちらに興味深い記事がありましたのでどうぞ。

 

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おそらく、こういった木造の建物がホントのホントの舎宅なのではないかなと思います。木の部分にタイルをはったりセメントで覆ったりして改修しながら、現在の形になった建物が多く見られました。中はトラス構造になっているのか・・・とても気になります。

今回ふらふらと富平を歩きましたが、「チュルサテク(列になった舎宅(社宅?)」という独特な建物のスタイルは軍需工場があった富平の歴史の一つとして、歴史博物館に展示と説明があるそうです。近々再び富平を訪れて博物館にもいけたらと思います。

ところで、社宅なのか舎宅なのかわかりませんね・・・過去記事もチェックしようと思います。少々表記がゆれていますことご了承ください。

 

 

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