富平・旧三菱社宅

富平にかつて日本陸軍の造兵廠(銃や砲弾などを作る軍需工場)がありました。1938年に工場ができると月に小銃4,000丁、銃剣2万丁、銃弾7万発などを生産していました。その工場の工事を請け負った業者や、軍需工場の下請け工場が集まりました。日本の三菱や、多田組、関東組、間組などです。

富平は労働者の増加で住宅難が問題になり、長屋スタイルの社宅などが多く作られました。今回ご紹介する三菱社宅もそのうちの一つです。三菱は正確には三菱重工業のこと。1930年代に軍需工場として稼動していた弘中工場(跡地は現在富平公園になっています)のあとに、1940年代に入ってきた工場です。

 

20140510_164024

 

地図を見ておわかりのように、長屋の部分のこの細かさ!まずは右側のエリアから。

 

20140413_113831

 

三菱社宅は当時どれくらいの棟数が作られたのかはわかりませんが、その一部と思われる古い長屋が残っている一帯があります。現在の富平2洞の住民センターのある付近です。このようなボロい長屋が5、6棟並んでいます。

 

20140413_113729
 

空き部屋がほとんどで、中はごみでいっぱい。けれども驚くことに人が住んでいました。お年寄りが目立ちます。

 

20140413_115938

 

4、5階建てのビルスタイル住居に四方を囲まれて、そこだけがまさに時間が止まったかのよう。住民の中には、富平2洞のことを“ミツビシ(ミスビシ、サムヌン)”と呼んでいる人もいるそうです。ちなみに近くにある地下鉄の駅は東樹(トンス)駅というのですが、はじめは三菱駅になる予定だったそうです。まったく何事だ!と怒りの抗議があって古来からの地名がつけられたとか。

 

20140413_113627

 

上の屋根の部分にコンクリート?モルタル?これは後から修繕したものかどうかはわかりませんが、なかなか珍しいなという思いで眺めました。

 

20140509_123522

 

次は上記の地図の左上エリアへ。こちらにも似たような長屋があります。こちらは三菱社宅かは確信が持てませんが、多分そうではないかしら。

 

20140509_124116

 

こちらは人気がありませんでした。完全に廃屋状態?それとも人が住んでいる?

 

20140509_123708

 

とにかく長い。ちなみにまだ行ったことはありませんが、富平歴史博物館に“ミツビシチュルサテク(チュルは紐のこと、紐のように長い社宅なので三菱長屋と訳しますね)”の紹介があります。正直、ちょっと何か違うかなと思うのは気のせいでしょうか。なんとなく仁川の旧日本人街のような、ちょっと微妙に違う…このへんはムニャムニャという感じですね。

こちらのサイトの説明を見ますと、京仁線(1号線のことです)と平行の道路の近くにあったという記述が見られるので、この長屋も三菱社宅だったかもしれませんね。

 

20140413_115703

 

三菱と呼ばれた富平2洞。軍事工場が後に米軍関連基地になると、米兵相手の私娼や米軍基地内で演奏をするミュージシャンらが集まったといいます。彼女ら彼らの居住地にもしかしたらなっていたかもしれません。

さて、次は久しぶりに山谷洞(サンゴッドン)の営団住宅を訪れました。平屋を愛でる(笑)ショートトリップは続きます。

 

 



 

 

2 Comments
  1. 와, 놀랬네! 아직도 그런 곳이 남아 있구나.사람들이 살고 있는가? 실은 우리집 근처에 시영주택이 나가야로 독거노인이나 저소득층 사람들이 살고 있다우.정말로 인상적이었다.

    • 댓글 감사합니다.
      거의 페옥 상태라 사는 분이 계실지 잘 모르겠습니다만 낙후된 이런 집에 독거노인이나 저소득층 사람들이 사는 경우가 많다고 들었습니다.전국 어디서나…

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です