栗木洞、日本家屋が並ぶ町

地下鉄1号線の東仁川駅をおり、商店街を抜けると日本人が作ったという石壁の間を通る道があります。立派な韓屋(ハノッ、韓国伝統建築)の家もちらほらと見かけます。このあたりは昔高級住宅地として、80年代までは韓屋も多くあったと言います。

P8062370

 

 

P8062373

 

その石垣の道の横にのびる坂道を登っていくと栗木洞(ユルモットン)に出ます。坂を上った先には栗の木公園があり、子どもの遊ぶ声が響いています。昔栗の木が多かったことから、日本人によって栗木町と呼ばれたこのあたり一帯は、米の仲買で利益を上げた日本人の富裕層が暮らしていた山の手エリアでした。
そのため当時建てられた立派な日本家屋がいくつも残っており、しっかりした作りだからでしょうか、保存状態もよくて現役でがんばっているようです。

 

P8062374

 

 

P8062377

 

 

P8062375

 

 

P8062376

 

 

P8062395

 

 

今は住宅が密集していますが、統治時代、この山の手から見下ろす風景はさぞかしすばらしいものだったと想像されます。

 

栗木洞の中央に位置する(つまり山のてっぺん)栗の木公園は、統治時代は日本人共同墓地でした。埋葬されたのは全国に散らばっていた15世紀に戦死した日本人ですが、近くに火葬場もあって、不気味な雰囲気を漂わせていたようです。1944年に公園ができた後も、しばらくは「死者の土地」として公園周辺は買い手がつかなかったというエピソードも。1971年には公園がプールになって大変にぎわい、仁川っ子にとっては栗木洞=プールという懐かしの場所なのだそうです。 プールの水は地下水を利用していたため夏でもひんやりとしていたのですが、元墓地だから肌寒いと信じる人もいたとか。

それと60年代学生だった仁川っ子にとって甘酸っぱい思い出の場所が、この栗木洞にあった「仁川ドーナツ」というドーナツ店。看板の表記が韓国式「ドノッ」ではなく、日本式「ドナス(ツはスになってますが)」なのが時代を感じさせます。日本語メニューそのままで「ぜんざい」もあったそうです。
 

P8062381

ここまで書いて気づいたのですが、栗の木公園の写真をとらずじまいでしたね!ちなみに散歩の途中暑さにやられて、この公園でパッピンスを食べながら休憩したワタクシであります。
栗木洞は今は静かな平凡な町に過ぎませんが、古い日本家屋が並ぶこの町から遠くの高層アパートを眺めているとなんとなく切なくなってしまうのです。かつて山の手高級住宅地に住んでいた日本の富豪たちの残していった家。立派であればあるほど、時間の流れとはかなさとが比例して、感傷的になってしまうのです。


Share
2 Comments
  1. 東インチョン駅のすぐ近くにチャグンハルモ二一家が住んでて、5番目みたいな家でした。門があって2階建ての家。今は再開発でなくなり取り壊されたのですが。。もっといくと日本家屋があったのですね。ハルモ二のトンネは当時はずらーーーっとコルモギルにそんな小さな2階建ての家がずらーーーっとありました。行って見たいですね。

    • >いちほいさん
      こんにちは!コメント嬉しいです、励みになります!
      二階建てのこのような家がズラリですか??気になります、当時何町だったのでしょうね。
      東仁川からバス乗ってると、そんな家だらけの風景がぱっと見えることがあります。探してみたいですね〜!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です