水色洞・ちょこっと

現在引っ越し先を探しています。将来住むことになるかもしれない候補地の一つ水色洞(スセットン)。こどもっぽい色、青空などその色のイメージは人それぞれだと思われますが、私の場合水色という響きにどこかうっとりしてしまいます。「恋は水色」という曲が連想されるからかもしれません。歯医者の待合室のBGM(リチャード・クレイダーマンやポール・モーリアバージョンの「恋は水色」)で聞こえてきたりする…

水色洞はソウルの西、恩平(ウンピョン)区にある町で、いい響きを持つ町名とはうらはらに再開発地域に指定されているところが多いため、町はどことなく落ち着きのない様子を見せています。

 

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水色洞エリアは、昔よく想像した近未来都市的な上岩洞(サンアムドン)のデジタルメディアシティエリアと京義線をはさんで反対側にあります。デジタルメディアシティは、デジタルメディアシティ駅とも微妙に離れているのは何か事情があるのでしょうかね。今回はデジタルメディアシティ駅3番出口まで歩き、そこから地下通路を通って反対側に出てみました。

(追記)デジタルメディアシティのSBS社屋のあるらへんから反対側、水一市場前に出る地下通路がありました。2014年10月28日に確認

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このような地下通路があるのは初めて知りました。

 

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市場です。ああ、よかった。市場があるのかとほっとします。

 

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ついさっきまでデジタルメディアシティのMBC社屋やヌリクムスクエアなど近未来(イメージ)ビルに囲まれていたので、その対比の鮮やかさになんとも。線路を一つはさんでいるだけで。
(上段左ヌリクムスクエア、残りはMBC社屋)
下段左はMBCの飛躍を表すキネティックアートで5千何個の玉が動くんだそうですよ。

 

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水色洞、水一(スイル)市場のわき道。ごみのにおいとアンモニア臭、まあ気にしない、気にしない。

あ、ちなみに夫の生まれたのはここ、水色洞だそうです。不思議な気持ちがするといいながら市場を歩いていました。

 

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なんだか大田の蘇堤洞(ソジェドン)の官舎村を歩いているような感じ。

 

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旧水色変電所(現在は韓国電力公社管轄)近くにいい感じの戸建てが数棟。飾り窓がかわいくて驚きました。

 

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こっちにも。なんだかチューリップのような透かし彫りまで。ややコリアンミントグリーンにも見えるタイルが壁にはってあります。ちょっと古め同じのが3つ以上並んでいるとなんだかいいんだなあ。日本では見慣れた光景ですけれど。

 

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水色変電所は韓国初の変電所施設として1937年に作られました。ここも整備促進地区というのにソウル市から指定されているようですね。それと、水色洞山1番地(旧住所なのかな?)あたりに鉄道官舎村があったそうです。

また来よう。

あ、水色洞に関しては、ステキな写真と文章で韓国の魅力を伝える澤田さんのブログ「水色のデジャブー、ソウル西部の境界地“ソウル恩平区水色洞”を歩く」と、ワンアンドオンリーな感性で韓国の街の風景を切り取りそして詠う小森さんのブログ「L’amour est bleu/水色、ハリコ町漂流譚」をどうぞ。

 
 

4 Comments
  1. 数か月前にサンチェクタバンを初めて見て、そこからこちらのブログを見ました。写真もきれいだし、丁寧な解説、なにより、マイナーなテーマ、目が離せなくなりました。
    文面から女性だと感じていたんですが、ここに夫が水色洞の生まれと書いてあるので、多分女性なんでしょうね。
    私は在日韓国人二世なんですが、最近になってようやく歴史に興味を持つようになりまして、釜山の現代博物館だったか、あちらの記述を見ると、相当な反日文章の前に、ちょっと考え込みました。でも街を歩いていて、支配する側と地道に生活している側の人間の間に相当な開きがあるのではないかとも感じました。

    ところでliumeiuruってどう読むんでしょうか?
    すみません、いきなりメールしてしょーもない質問で。。。またこれからもちょくちょく覗いてみます。

    • 山菜ナムル様
      コメントありがとうございます。そして拙ブログをご覧いただきありがとうございます。
      サンチェクタバンはステキな内容ですよね。
      liumeiuruは読みにくいですよね(笑)、りうめいうる、と読みます。

      おっしゃるとおり、いろいろなところで反日的な文章を見かけますが、朝鮮王朝時代までのありとあらゆる文化の破壊(途中の秀吉の朝鮮出兵も含め)は、相当なダメージだったかと知れば知るほどそう思います。

      私は恥ずかしながらこの国の歴史を勉強して日が浅いものでとやかく言える立場ではありませんが、建物をテーマに自分がやりたい、そしてできることを地道にやっていくのみという感じです。

      長々と失礼いたしました。これからもよろしくお願いいたします。

  2. りうめいうるさん

    そのまま読めばよかったんですね(笑)
    たしか2009年だったと思うんですが、大田の韓南大学に語学留学コースで4カ月ほど行っていたことがあったんですが、そのときチョンセでワンルームマンションを借りて、学校の裏門から語学堂に通っておりました。私が前半マンションにいて、後半は娘が使い、チョンセは無事返ってきたので、滞在費はおどろくほど安くついたし、郊外の韓国を満悦して、とても満足しました。あのとき周りをうろうろしていたのに、キャンパス内の宣教師村に気付かず、ここの記事を見て、あー知っていたら見に行ったのにと、勿体なく思いましたが、とても懐かしい気がしました。また大田に行くことがあったら行ってみたいと思います。

  3. 山菜ナムル様

    大田の韓南大学に語学留学されていたのですね。
    宣教師村は森(林?)に吹く風の音が今も思い出されます。
    大学の建物も韓屋のスタイルを取り入れたものがあり、驚きました。

    大田、行きたいですねえ。

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