江景・古い街並み その2

江景・古い街並み、続きです。

米の積み出し港として発達した群山が第二次世界大戦後に衰退すると、江景も衰退を余儀なくされ街はさびれていきました。人々から忘れられ時代から取り残された結果、現在も昔懐かしい風景をあちこちで見ることができます。

江景が面白いのは、看板建築のようなものがたくさんあること(「のようなもの」というのは資料がないので断定できないため)。看板建築は1923年の関東大震災後急速に普及した建築様式で、建物の前面を銅板やモルタルで装飾したものです。不思議な洋風のデザインのものや店主の趣味が色濃く反映されたものが多く、とてもおもしろいのですが、興味深いのは江景で見られる「看板建築的なもの」は資料によると1950年代後半、つまり朝鮮戦争後に建てられたのが多いとのこと。
時間があれば詳しく調べてみたいのですが、どうして朝鮮戦争後に「看板建築的なもの」なものができて今まで残っているのか気になって仕方がない。統治時代にたくさんあったのだろうか。江景の昔の通りの写真とかないですかなあ。

 

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洋風的な要素、古代ローマ風(?)の柱のようなものが中央に2本。真ん中はメダリオン的な装飾が。

 

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建物前面の壁の部分に直接看板的な文字が彫ってある建物は、韓国では自分の経験上ほとんど見たことがありません。たまにこういう看板的スペースに直接ペンキで描いてあるのは見かけますが・・・
日本では古い建物が残っている商店街、例えば地方都市や温泉街などで今も多く見かけます。

 

 

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中央になにかマークが見えます。窓の並び方も面白いですね。

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こちらも似たようなタイプ。2階中央の看板の文字は消してあります。

 

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こちらの建物は保存状態がよい(看板の部分だけ 笑い)!大同電氣商会とはっきり書いてあります。左側はショーウィンドウですね。資料によると1955年くらいではということです。

 

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看板の隅には唐草のような装飾が、軒下の窓枠のひし形にも注目。ステキな建物だなあ。

 

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玉女峰(オンニョボン)から眺めた旧日本人町の通り。旧韓一銀行江景支店がどこにあるかおわかりでしょうか?

いつもツボな情報満載のありりんさんのブログ「全羅北道・全州と忠清南道・扶餘プヨでどきどき|ありりんの人生の旅はゆったりと」に、忠清南道(チュンチョンナムド)扶餘(プヨ)の近代建築の記事があります。
写真を見て驚きました。なんでも扶餘メインストリート「聖王路」沿いには看板建築的な建物が並び、しかもプヨ官北文化空間 ギャラリーとして工事を終えて開放されているとのこと。少々、いやだいぶきれいになってしまいましたが、それでも心和堂の意匠の素晴らしさにワタクシは驚きを隠せません。
近いうちにぜひ訪れてみたいと思っています。

 

 

 


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