水色洞・水色変電所

住宅街の中にある水色変電所は1937年、朝鮮送電株式会社によって建設されました。当時北から送られて来る電気は一旦ここを経由し、往十里(ワンシムニ)変電所、東大門変電所へと送られました。この変電所の役割は大きかったといいます。

 

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1960年6月には水色変電所で火災が発生。そのときソウルはもちろん、水原(スウォン)、仁川(インチョン)エリアが大停電し大変な事態になったといいます。1970年代になるとソウルの電気使用量の増加に伴い、他地域に変電所を設置、水色変電所はソウルの北西エリアを担当しました。

 

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変電所周辺には変電所職員と家族が住む社宅が15棟ほどあったといいます。韓電(韓国電力)とかかれた2~5階建ての団地が今もあるのですが、1980年代までは「カ」「ナ」棟の場所に旧社宅があったとのこと。庭付きで、おそらく鉄道官舎と似たような平屋だったのではないかと思います。冬は寒くて職員は苦労したそうです。「タ」棟は1979年ごろに建てられました。

 

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ネイバーのストリートビューから。

 

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変電所は最盛期を過ぎたものの今も現役。厳しいセキュリティでそうそう簡単には入れません。たまたま中から出てくる来客の方を(無理やり)つかまえて、水色洞の歴史を研究していることを懸命にアピール。目的は変電所内に残る1930年代の建物を見ること、それのみ。熱意が通じて中にいる方と連絡を取ってくださいました。職員さんは、撮った写真のチェックをすることを条件に案内してくれました。感謝。

で、このビルもなんの面白みのない建物に見えるかもしれませんが、1940年に建てられた鉄筋コンクリート造りのビルです。当時この地域にこのようなビルが他にあったのかどうか気になります。最盛期のときは職員が20人ほどいたそうですが、今は2人体制でシステムを管理しています。

 

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ホントになんの変哲もないのですけど、モダン。

 

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振り返って。全体的にまるーいカーブになっているのがお分かりでしょうか。美しい曲線です。

 

 

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職員さんは、へーとかほーとか言っている私がおかしいらしく、終始不思議顔。何がそんなに珍しいの?いやーこのカーブとかあの天井の感じとか。あっ、はい、やめます!

 

 

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『ただの汚い小屋だよ、入口はふさいであって中はガラクタがつまってる。でも、ここ1930年代に建てられた古いものらしいね。なんかよくわからないけど、壊すのはもったいないかもね。ただ、変電所は地下化が決まっていて公園になる予定なんだけど、住民の一部が反対してるから開発が進まないんだよ。』

 建物のすぐ横には黄色に色づきはじめたイチョウの木が。この木はいつから水色洞の景色を見ていたのでしょう。

その後カメラチェックを受けて、ほぼ削除となりました。変電所は1980年代までは近所にあった練炭工場からでる灰が変電施設にくっついて、よく故障し大変苦労したとのことです。水色洞に練炭工場があったのか。興味は尽きません。
地味に追っていきたいと思います。

 こちらも一緒に読まれると、水色洞への理解が深まりますよ。

 

追記 変電所内の平屋は職員宿舎(官舎)とのことで修正しました。


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