礼山・旧湖西銀行本店

忠清南道(チュンチョンナムド)の礼山(イェサン)にある旧湖西銀行本店は、日本人ではなく、忠清道の土地所有者や地元有力者らによって1913年に設立された銀行の本店です。建物の設計は、朝鮮や満州、そして静岡に銀行建築をはじめとして公共建築の設計を多く手がけた建築家・中村與資平(なかむら・よしへい、1880~1963年)と、ドイツ系オーストリア人アントン・フェラー(1892~?)。

中村與資平の手がけた銀行建築は多いのですが、南大門(ナンデムン)にある朝鮮銀行本店(現・韓国貨幣金融博物館)、朝鮮銀行群山(グンサン)支店(現・群山近代建築館)はご覧になったことがある方も多いのではないでしょうか。

 

20150414_143355

旧湖西銀行本店は礼山駅から車で10分ほど、礼山群庁の近くにあります。礼山路という道路と、社稷路(サジンノ)という道路が分岐するY字のちょうど真ん中に建つ姿が非常に印象的です。上は「湖西銀行本店の立地背景と都市的意味(2013年 キム・ヨンジェ「都市設計10月号」の一部)」からキャプチャーした画像です。

 

20150219_113816

 

現在は礼山セマウル金庫が入店しています。建物の前には、上海で爆弾テロを起こした尹奉吉(ユン・ボンギル)を讃える碑があります。建物は1922年築。1927年10月に湖西銀行本店が天安(チョナン)に移転すると湖西銀行礼山支店として、1931年1月に韓一銀行と湖西銀行の合併に伴って東一銀行礼山支店となりました。その後も銀行の統廃合に伴い銀行名が次々と変わり、時には1階と2階別々に使われていたりしたそうです。

 

20150219_113836

 

この建物の屋根だけが見えたとき、周りの低層建築とはまったく異なる雰囲気に驚きました。建てられた当時もきっとものすごい存在感があったのだろうなと思わせます。資料によれば、中村とフェラーはセセッション様式と古典主義様式の折衷様式の設計を試みたのだそうです(様式については気になる方は検索してくださいね)。

韓国を代表する建築家金重業(キム・ジュンオプ、1922∼1988)が1987年に礼山を訪れる機会があり、この建物を見て、
“重厚で美しい比例の調和。この建物が礼山にできた当時の人々の驚きは想像に難くない。礼山の文化財として認められて当然の建物。この建物は必ず保存されなければならない”と言ったそうです。

2階のアーチ窓と1階の細長い長方形の窓のせいで、建物が実際の高さよりも縦長に見えます。

 

20150219_114002

 

当時の外壁やタイル装飾の色はどんなものだったのかはわからないのですが、シンプルな壁の色と帯状のタイル装飾が大変よく似合っています。階段や手すりもすべて完璧なシンメトリーで、修繕されない状態ではあるもののとても美しいです。

 

20150219_113714

 

ひし形や長方形など幾何学の装飾がセセッション意匠の特徴なのだそうです。

シンプルな装飾。

 

20150219_113856

記念物、礼山

第66号 湖西銀行 と書いてあります。

鉄道駅からちょっと離れていること、礼山路の形成、Y字路の真ん中に建てられたのにはさまざまな理由があると思います。そのあたりに関しては、前出の「湖西銀行本店の立地背景と都市的意味」を読み込めばわかるのではないかと思います。今回はここまで。

 

20150219_113859

 

Y字路の礼山路側。この路をまっすぐ行くと旧本町通十字路に出ます。ここに日本人町がありました。

 

20150219_113246

十字路の角に建つ立派な建物。パリバゲットというパン屋が入店しています。ちょっとした繁華街になっていますが人通りは少ないです。

 

 



 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です