礼山・消えた大同病院

大同(テドン)病院。かつて忠清南道(チュンチョンナムド)の礼山(イェサン)にあった病院です。1920年代に日本人医師が開いた病院で、1945年以降はチェ・イギョル医師の手に渡り、彼が亡くなる2000年まで多くの人が通院していたといいます。

病院と平屋、倉庫が敷地内にあり、閉院以降も建物はそのまま残りました。平屋には孫たちが住み、土地のランドマーク的存在として人々に親しまれてきました。

 

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上の写真はこちらの記事より。2009年に撮影された病院の様子です。この建物を何とか保存できないだろうかという内容の記事です。

 

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取り壊される前に一度見ておきたかったもののタイミング合わず。病院の建物のあったところは更地になり、砂利の山があるだけでした。病院と倉庫を壊して駐車場ができるとのこと。近所の教会が2014年末に土地を買い取ったそうです。

 

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空き地の横にある立派な日本家屋。こちらは保存して活用される予定と聞いています(ニュースを読む限りでは)。広々とした庭にたくさんの木が植えられています。人が住んでいた時は1年に一度庭師がやってきて植木の管理をちゃんとしていたそうです。立ち入り禁止でしたので塀の上からカシャリ。
中や外の様子はこちらで見ることができます。井戸もあるのですね。
1950~1960年代は、病室の数が足りずにこちらの日本家屋の一部を改造して病室を準備したといいます。
患者さんはどんな気持ちで日本家屋の病室にいたのかなあと思いを馳せてしまいますが、冬は寒かったのではないかしらん(ただ、オンドル部屋になっている可能性もあり)。

 

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この立派な入口と塀。ここが韓国であることを忘れてしまう佇まいです。

 

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群山(グンサン)には広津家屋という立派な日本家屋がありますが、塀は木造ではないですね。昔は木の塀だったのでしょうか。浦項(ポハン)の九龍浦(グリョンポ)にも塀に囲まれた立派なお屋敷があるにはありますが、ピカピカになりました。木の塀に囲まれた日本家屋は今のところこちらが初めてです。

 

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この木の塀が当時のままだとしたら貴重なものだと思いませんか?

 

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この塀は残してほしいですね。ちょっとだけ修復してこの雰囲気がそのままであってほしい。礼山の貴重な文化遺産なので守らなければという声も多いと聞きます。私が写真を撮っていると、横で夫婦らしき韓国人男性と女性が塀をバックに写真を撮っていました。
「教会が買い取って駐車場にするんだそうですよ、病院はちょっともったいなかったですね。」
私に話しかけてきたのでした。

NAVERの地図では壊される前の姿を見ることができます。植木が伸びるに任せてよく見えないですね。
こちら

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