南山・林権助像台座

1910年の日韓併合から百年を迎える2010年8月末、統監官邸と推測される場所に標石を立てる除幕式が行われました。統監官邸は、統監寺内正毅と李完用大韓帝国首相が併合条約を結んだ場所で、現在のソウルユースホステル前の公園内に標石があります。

 

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アニメーションセンターを過ぎて南山1号トンネル方面へと進み、ユースホステルへ。

 

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ちょっとした空間に標石があります。寺内正毅は3代目統監なのですね。地図とGPS測定、後ほど紹介する林権助銅像の位置等から統監官邸跡はおそらくここだろうということで、標石が立てられました。『庚戌(こうじゅつ、かのえいぬ、1910年の意味)国恥の現場』と書いてあります。難しいですね~

 

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1910年発行の『大日本帝国朝鮮写真帖 : 日韓併合紀念』 よりキャプチャー。1906年2月に統監府と合わせて完工した建物。

 

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統監官邸は統監府庁舎の東、南山の自然に囲まれた眺望の美しいところに位置し・・・ということが書いてあります。

 

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上の統監官邸の写真に写っていたイチョウの大木です。比較のために同じアングルで撮るのを忘れました、失礼。

 

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こちらの統監官邸の写真でも大きな木を確認できます(出処メモ忘れ)。さて、中央に和服姿の女性3人、彼女らは官邸にどんな用で向かっているのか、その後ろモーニング姿の男性も気になります。男性らの右側あたりに昔あったのが、「男爵林権助君像」です。

 

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その銅像の台座がまだ残っていて長いすのように利用されているということを最近知り、さっそく行ってきました。場所がちょっとわかりにくかったのですが、上述のイチョウの木の向かい側の林の中をうろうろしていたらありました。
台座がバラバラになってそのうちのひとつに浮浪者と思しき中年男性が昼寝をしていました。静かにそーっと撮影です。

 

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台座のひとつにはくっきりと「男爵林権助君像」と刻まれているのがわかります。林権助は明治・大正期の外交官・男爵で1900年に駐韓公使として赴任、日露戦争中に日韓議定書の調印、そして第一次日韓協約・第二次日韓協約を結んで日韓併合への足がかりを作った人物として知られています。

 

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写真は中央日報日本語版のこちらより。1937年ごろの写真だそうで、左端のひげの人物はご本人でしょうか。1936年日本の国会議事堂完工の際、中央ホールに伊藤博文、板垣退助、大隈重信の銅像が並びましたが(この中央ホールと銅像、国会議事堂の見学で見られますので機会があればどうぞ)、同時期に統監官邸(1937年は総督官邸?かな)近くに林権助の銅像が立てられたのですね。

 

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こちらのブログには、統監官邸に嘉仁皇太子(大正天皇)が4日間泊まったという記述もあります。官邸の建物も施政記念館、国立民族博物館などとして使用されたようです。
それにしても読み応えあるブログなので韓国語わかる方はぜひ。大変参考になりました。
統監官邸といい統監府といい、あんな立派だった建物がいつどんなふうに消えてしまったのがとても気になります。50年代くらいの写真など残ってるんでしょうか、残っていたとしたら見てみたい。

台座の位置は、ユースホステルへと向かう道の途中、大きなイチョウの木の向かい側に確かまた大きな木があり、その近くだったかと下の地図はおおよそのもの。
適当ですまないです。

 

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