旌善・三炭アートマイン

江原道(カンウォンド)南部、高原地帯に位置する旌善(チョンソン)郡。ソウルの2倍ほどの面積がありますが、そのほとんどが山地です。旌善は石炭や銀、金などの地下資源に恵まれ、炭鉱の町として栄えたところがありました。その中の一つが旌善郡古汗里(コハンニ)にある三陟炭座(サムチョクタンジャ)という炭鉱です。1962年から2001年に閉山するまで39年間稼動し、石炭の採掘施設と販売を行う事務棟がありました。2013年5月、政府の廃坑地域再活用事業による支援を受けて、館長の世界約150カ国の骨董品等のコレクションを展示するためにオープンしたのが、今回ご紹介する「三炭アートマイン」です。

こちらの施設の概要やアクセス等に関しては、コネストの記事がおそらく一番詳しいかと思いますので、そちらをご参照ください。今回はひたすら自分好みで撮った写真の羅列になります、ご了承ください。

 

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上の写真はこちらより。廃坑前の様子。いつごろでしょうか、エレベーターのような建造物から下は砂利や鉱石の傾斜になっていますね。

 

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立抗櫓(たてこうやぐら)というのだそうです。“地下の坑道へ、人や資材を揚げ降ろしするための立坑に設けられる、櫓型の建造物”だとのこと。アートマインへと向かう途中、緑の山からにょきりと見えた立抗櫓の存在感の大きさには圧倒されました。

 

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中は見学通路がありぐるっと回れるようになっています。造花の紅色が大変目立っていました。埃っぽいので口元をハンカチで覆って入りました。

 

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窓の外からは強い日差しが入り込み、その光と漆黒の空間とのコントラストが強烈でした。

 

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窓の外の緑がまぶしかったです。施設が現役の頃はいろいろな音が響いていたのでしょう、機械音、人々の掛け声。立抗櫓の中は不気味な静寂に包まれていました。三陟炭座では、三千人近くが交代制で働いていたといいます。今は、あちこちに設置されたスピーカーから歯医者の待合室で聞くような音楽が聞こえるのみ。

 

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炭鉱で使われる機械の工場、修理場だった建物だそうです。「832L」というレストランが入っています。

 

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なんということはない建物なのですが、ずっと眺めているといいなあと思えてきます。

 

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ホームページの説明を見ますと、こちらは“中央圧縮機室”で原始美術博物館となっていました。訪れたときは展示場としてではなく、倉庫のような状態になっていました。

 

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中は自由に入れるようになっています。何に使われる機械なのでしょうか。ただ、その圧倒的な存在感にほううっとなるしか。
どんな施設だったのか、事務棟にあるアートも含めて解説してくれる時間があればいいなと思いました。

 

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周りの緑と錆付いたパイプがいい絵になっていました。

 

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事務棟は“三炭アートセンター(本館)”と呼ばれ、4階に案内デスク(チケット売り場)とカフェ、2階と3階に館長のコレクションをテーマごとに展示したギャラリー、1階にミュージアムショップと工作などの体験スペースがあります。

 

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あちこちに、炭鉱の鉱夫をテーマにしたアートが。

 

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鉱夫たちのシャワー室にはビーナスの彫像が。こちら、なんだか言葉ではうまく言い表せなくてもどかしいのですが、なんだろうこの暗さは。暗さといいますか、ちょっとした狂気かな。そうだ狂気。

 

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現代アート作家の作品と、炭鉱関連の遺物と、館長が世界から集めたエスニックなコレクションの不協和音。ここに長くいると、アヴァンギャルドやフリー・ジャズを聴いた後の疲労感にも似た感覚に包まれるというと大げさかな?

落ち着かない、早く出ようという連れの言葉にはっとしてその場を後にしました。

好きな人はたまらなく好きな空間だと思います。

国家記録院のページで1988年の三陟炭座の様子を撮影したものを見ることができます。近くにあった牧場の写真もあります。

※炭鉱、炭坑、坑夫、鉱夫の表記にゆれがあります。ご了承ください。

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