光州・崔氏の家

広い敷地内は雑草に覆われていました。文化遺産を守る会のような団体の人々が年に一度やってきて掃除をしていくのだそうですが、立派な2階建ての木造建築が荒れていくのを黙って見守るしかないといいます。

チェブジャチッ(お金持ち崔氏の家)は、キリスト教宣教師らが住みついて近代的な病院や教育施設をつくっていった楊林洞(ヤンリムドン)の北、社洞(サドン)にあります。

 

 

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かつて、約1,800坪に及ぶ土地には池、庭園、ムンガンチェ(正門わきの棟や門屋)、アンチェ(主に女性とこどもが過ごすところ)、洋館があったといいます。現在はアンチェとトイレ棟が残っているとのこと。 ボリュームのある重厚な造りの2階建て木造建築が、アンチェと聞いて大変驚きました。この家がメインだとばかり思っていたからです。

 

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チェブジャチッは、1942年に息子崔正淑(チェ・ジョンスク)のために崔相鉉(チェ・サンヒョン)が建てたものです。崔相鉉の父は、日本統治時代、光州で指折りのお金持ちだった崔命亀(チェ・ミョング)の息子で、440ha(わかりやすく東京ドームの約88個分)の土地長者でした。三代続くお金持ちなのですね。

 

 

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崔相鉉は独立運動家としても知られる人物で、彼が1921年に楊林洞(ヤンリムドン)に建てた家は、光州の市民俗文化財第2号に指定されています。その家は『崔相鉉の家』ではなく、『崔昇孝(チェ・スンヒョ)の家』と呼ばれています。テレビ局MBC(文化放送)の創立に寄与した崔昇孝が家を購入して1999年まで住んでいたからだそうです。チェブジャチッから徒歩約9分のところに位置。開いている時間のはずなのに開いていませんでした。残念。今も崔承孝氏の家族が住んでいるそうですよ。

 

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さて、話があちこち飛びましたが、お金持ち崔さんの家に戻りましょう。まず2階建ての韓屋というのが珍しいと思います。そしてガラス戸があり、その周りがちょっとしたバルコニーになっています。

 

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このような戸は韓屋スタイルではないですよね。大変面白いです。

 

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上から眺めた様子。このえんとつはオンドル?1階にもガラス戸があります。おそらくぐるりと廊下で囲まれているのでしょうね。中が見たい…冬はどんなふうに過ごしたのでしょう。

 

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現在、土地は全南大学が、家は崔正淑の息子チェ・ユンソン氏と長女チェ・スン氏の所有になっているそうです。チェ・スン氏のインタビュー記事によれば、父・崔正淑が亡くなると一家の生活は傾いていき、いつの間にかアンチェ以外は他の人の手に渡り、最終的に土地は全南大学のものになったのだそうです。

チェ・スン氏が20代後半より教職生活をしながら、アンチェだけは取られまいとがんばってきました。2階を飲み屋に貸し出したり、1989年からはチェ・スン氏が直接読書室を経営したりしたといいます。
読書室の看板はそのままで、机やイスなどは置いたままだそうです。2005年には全南大学により家の正門が撤去されました。正門の様子はこちらのブログで見ることができます。

チェ・スン氏は、愛着のある家を守るため登録文化財に指定されれば保存の道が開かれるかもしれないと努力をされていますが、全南大学、光州市、文化財庁の間で葛藤する日々が続いているそうです。

 

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楊林洞には上流階級の家として李章雨(イ・ジャンウ)の家を開放しています。こちらは日本統治時代に土地長者だった鄭洛敎(チョン・ナッキョ)の息子鄭秉好(チョン・ビョンホ)が住んでいた家ですが、李章雨という人が1965年に家を購入して住んでいたので李章雨の家として開放されています。

崔氏の家も崔昇孝や李章雨の家とともに保存されるといいのですが。

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