長興・汭陽里日本家屋

全羅南道・羅州(ナジュ)の栄山浦(ヨンサンポ)バスターミナルからバスに乗って約1時間、さらに南下して長興(チャンフン)という地方都市にやってきました。目的は2つの登録文化財指定の建物を見るためです。

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ターミナルにつきました。羅州よりさらに田舎に来たな、という感じです。ターミナルからほど近い汭陽里(ィエヤンニ)8番地日本家屋を探すことにしました。

 

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ターミナル付近の市場を抜けて歩いていたら、ものすごいオーラ(ワタクシにとって)を感じ、背伸びをしたら塀の向こうにこの家。
とてもいい家だなと心躍らせていると、ここが文化登録材第130号指定の家ということがわかりました。こちらの写真を見ていてすっかり青いとばかり思っていたので、まさかのピンクにとまどい。

 

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こちらが入口。アプローチ難易度が高い。困りました。登録文化財といっても住んでらして非公開のものもたくさんあります。住んでらっしゃる方々の声が聞こえたので、思い切って扉を叩きました。
 
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犬が吠えました。ちょうど夏休みで実家に帰っているという金さんが応対してくれました。怪しいものではないこと、建物が好きで地方をよく回っていること、趣味だがいろいろと伝えられたらと。迷惑この上ないのですが、仕事の関係で日本に住んでいらした経験もある金さんは日本語を理解、そして快く家を案内してくれました。感謝!

 

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生活感あふれるところの撮影は控えてほしいとのことで、写真は少なめです。1階はほとんど撮っていません。「まずは2階からいきましょうか。ほとんど手つかずです。祖父の書斎があります。」
1910~1920年代におそらく建てられただろうというこちらの日本家屋は、元々は長興の日本人有力者が住んでいました。1階は伝統的日本建築様式。応接間や床の間、寝室などがあってふすま(今はガラス戸)で仕切られ、部屋間の移動は中廊下ですることでプライバシーが保たれています。和の空間が広がっていました。2階は階段を上ると畳部屋が二つ、左手に書斎の洋室。外壁はくすんだピンクの下見板張り、屋根は瓦ぶきという和洋折衷スタイルです。

 

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セピア色の書斎。時が止まっていますね。金さんの祖父が1945年以降こちらの家を買って住み始めました。日本統治時代から日本との貿易関係の仕事をしていて、財を築いたといいます。ちなみにこの家は春から夏の終わりまで住居として使用、それ以外の季節は隣に建てられた平屋で過ごしているそうです。

 

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後ろからみた平屋の様子。

 

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2階、廊下をはさんで向かい側の部屋。畳は2004年、登録文化財に指定されたときに新調したといいます。韓国の畳はやや小さめ。見合うサイズを探したそうですが見つからずに仕方なく敷いたので残念とのことでした。なので隙間がところどころにできています。

 

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押入れのふすまは日本の友人に頼んでふすま紙を買ってきてもらい、二人で見よう見まねで張り替えたそうです。家に対する思いが伝わってきますね。

 

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階段上って後ろ奥、使わなくなったものが置いてありました。古いものが静かに眠っているようです。

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1階、廊下の様子です。押入れは仕切りを取り払ってその空間に大きなタンスが入っていたり、ポールを設置して簡易クローゼットになっていました。押入れの使い方が面白いですよね。押入れという空間概念がないのでそうなりますよね。
寝室には布団が敷いてあって蚊帳がつってありました。日本の夏の風景がそこにありました。

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庭でひなたぼっこをしていた金さんのお父さんが戸袋を指差しながら、
「日本人は雨が降ったり地震が来るともう一つの戸をここから出して閉めるらしいね、韓国は雨が降ってもそのままだからね、地震も来ないし。」

とおっしゃいました。地震については初耳でした。調べてみないと。
さて、この戸袋、自分は見慣れているので気がつかなかったのですが、韓国の方からよく聞かれます、あの窓の横にあるのは何なのかと。
昔住んでいた日本人は、この地で戸の出し入れしていたのでしょうか。気になります。

ちなみに、お父さんは6年くらい前にこの家の設計者のお孫さんが訪れたときのことを話してくれました。中国、大阪、そしてこの長興の家の設計をしたそうで、残っているのが長興の家だけだと嬉しそうに語ってくれたといいます。
このあたりのストーリーも大変気になりますね。

 

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ソウル在住の金さんは夏休みでたまたまこちらにいらしていました。小学校低学年までこの家に住み、その後光州(クァンジュ)へ。大学進学と同時にソウルに引っ越したそうです。

家のメンテナンスについては妹のジウンさんに任せているとのことでした。2004年に登録文化財指定時に文化財庁の調査があり、老朽化した障子戸をガラス戸に換え、畳を新調して家の重厚な雰囲気が失われてしまったのが残念と、ジウンさんは繰り返しました。

『今の家は倉庫のようになってしまっているけれど、時間があれば部屋の雰囲気に合わせた骨董品を置いて、1階のふすまも日本のふすま紙できれいにしたい。ありふれた家かもしれませんが、いろいろな家族の思い出が詰まった家だと思うので。』と建具の通販サイト等をいくつか調べて教えてほしいとお願いされました。

ソウルにもどったあと自分の知っている範囲で情報整理してメールで送ったところ、本当にメールが来るとは思わなかったと喜んでいました。私が聞きこぼした(録音忘れ)家にまつわるエピソードについて機会があれば整理してメールするとおっしゃってくれたので、いつかこのページの加筆・修正があるかもしれません。

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