江陵・船橋荘悦話堂

久しぶりの江原道(カンウォンド)の建築エントリーです。江陵(カンヌン)にある船橋荘(ソンギョジャン)を訪れる機会に恵まれました。重要民俗資料第5号に指定された、とよく説明で見かけますが、2011年に重要民俗文化財と改称されました(Wikiより)。まあ、どっちでもいいかしら。

 

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朝鮮王朝第4代王世宗(セジョン)大王の兄である孝寧大君(ヒョリョンテグン)の子孫、李乃蕃(イ・ネボン、1703~1781)によって1748年に建てられました。99間の典型的な士大夫家の上流住宅で、増改築を繰り返して現在に至ります。船橋荘という名前は、鏡浦湖(キョンポホ)が船橋荘までの広さだったため船で行き来したからというのが由来だそうです。

 

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活来亭(ファルレジョン)は蓮池のそばに1816年に建てられたもので、金剛山や関東八景(江原道の太白山脈東側にある景勝地)へと向かう多くの詩人文客が立ち寄ったそうです。1906年に李根宇(イ・グヌ、1877~1938年)が増築しています。李根宇は1924年から27年まで朝鮮総督府中枢院参議をつとめた経験もある人物で、韓国では親日派708人名簿というのにリストアップされているそうです。プロフィールを見ると東震学校という近代式学校を設立したりいろいろやってるみたいですよ(ただし1910年韓国併合により廃校)。

 

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悦話堂(ヨルファダン)は李乃蕃の孫であるイ・フ(1773~1832)が建てたサランチェ(別棟)。1815年に完成しました。家族仲良く過せるようにという思いを込めて楽しく語らうという意味で悦話堂と名づけられたそうです。

この建物をずっと前から見たいと思っていました。
 
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このテラスの庇。19世紀末、船橋荘を訪れたロシア公館の人たちによってつけられたとのこと。

 

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それ以外のことはちょっとわからず。残念。ロシアの17~19世紀の木造建築をいろいろ見ていたらタリツィやスズダリの木造建築博物館に行きたくなりました。訪れるのはほとんど日本人なのだそうで(笑)バイカル湖の位置もわからないけれど。
ロシアの木造建築の装飾部分、とてもかわいらしいですね。
三本の柱の配置バランス、向かって右側の韓屋屋根と庇のバランスも絶妙だなあと思います。そして木の色も(時間が経って褪せているだけかもしれませんが)とても合っています。

 

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一体誰が作ったのでしょう。気になって仕方がない。ロシア公館の人たちがここに来る頃は19世紀末。ということは、李根宇が二十歳前後。そうなると彼の父親の頃?
こちらの本を読んでみたいですね。ちなみに徳寿宮(トクスグン)内の静観軒(チョングァンホン)は、ロシア人建築家サバティンが設計して1900年に完成。その時代のロシア公館出入りしていた人たちが船橋荘に行っていたのなら、サバティンもその人たちの近くにいたのではないかと思うのだけれど。

 

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ネットでは限界があるので、気が向いたら本でも探してみようと思います。さきほどリンクした船橋荘なる本は出版社の悦話堂から。1971年創業で、船橋荘を守る19代目イ・ガンベッ氏とともに韓国の伝統建築や文化を伝えているとのことで関連があるそうですよ。
小さな庇ひとつなのですが、当時の船橋荘主とロシア人たちの交流、鏡浦台、月夜、蓮池。そんな風景を想像するととても楽しくなってくるのです。

 

 

 

 

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