南原・広寒楼苑の裏通り

全羅北道(チョルラプット)の南原(ナムウォン)を旅行してきました。韓国の古典「春香伝(チュニャンジョン)」の舞台として知られる広寒楼苑(クァンハンルウォン)が大変有名です。その前には蓼川(ヨチョン)と呼ばれる川が流れ、春になると桜並木が美しいことで知られています。30分ほど自由時間があったので、さっと回ってみることにしました。かなりの急ぎ足なので備忘録的な内容ですがお付き合いください。

 

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地方都市に行くととりあえず、日本統治時代におそらく本町通あるいは元町通(メインストリート)だったであろう通りを探します。南原の場合は、広寒楼の後門(フムン)あたりからまっすぐにのびる通りではないかと。その時代の地図がなかなか探せなくて確信を持っては言えませんが、こちらの記事に『本町通り』とありました。

 

 

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地図のFとあるのが広寒楼苑の後門です。そこから北の道です。

 

 

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おそらく女の人がとなりに座ってお酒を飲むようなお店かと思います。

 

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あちこちに大きな工事現場がありました。なんでも南原市は約93億ウォン(約9億円)をかけて2025年までに南原邑城(ナムウォンウプソン)を復元することにしたそうです。こちらの韓屋はその事業と関連があるかはちょっと調べる必要があるかな。

 

 

 

南原邑城の歴史は古く、今から約1320年前くらいに築かれたものです。1597年(つまり豊臣秀吉の例の戦い)、日本軍と邑城内で激しい戦いが繰り広げられ、日本統治時代には、韓国の地方都市にある邑城と同じように新しい都市計画や鉄道敷設のために城壁や門は壊され、道路ができました。
城壁の石材は蓼川の堤防や建築資材として使われたそうです。

 

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工事現場近く、立派な韓屋が目に入りました。『明智閣(ミョンジガク)』とあります。現在は『宗家(チョンガ)』と呼ばれる韓食のお店です。

和風旅館のような雰囲気も漂わせていて大変気になりました。和韓折衷の香りがする・・・
統治時代からあったという記事もありました。ちゃんとした資料がないのでなんとも。時間がなくて後ろ髪を引かれる思いで(大げさ!)でその場を後にしましたが、昔は旅館として使われており、60年代には朴正煕大統領が宿泊したことでも知られているそうです。

 

 

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三益モーテルの後ろに平屋の映画館『MEGABOX』がありました(写真はなし)。地方の小都市に来たなあと思わせる大変こぢんまりとした建物で、そんなところで夜1人映画見て、旅情を盛り上げたいなぞと妄想。

 

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もともと訪れる予定だった伝統茶カフェ『サンドゥルダホン』がありました。ここ内部がとても独特でぜひ訪れたかったです。団体客の対応に限界があるということで今回は別の伝統茶カフェを訪れました。そちらも大変素敵でした。

その他、これは由緒あるだろうなあと思われる韓屋やその大門などがありまして、いちいちその家にまつわるエピソードを知りたくてたまらなかったです。

 

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ちなみに広寒楼の下の部分は、1910年から18年間木の板を柱と柱に渡して牢屋として、楼の部分は裁判所として使用されたそうです。なので石柱部分を見るとその痕跡を見ることができます。

今度、南原を訪れるときは邑城の城壁だったであろう道に沿って歩けたらと。興味ある方はこちらのページをどうぞ。邑城に関してはこちらのブログが最強だと思います。邑城の基本を知ると、日本統治時代の都市計画によって邑城が破壊されて、どういう風に近代都市として変化していったのか流れがつかめます。

 

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歴史に興味が薄くてもまずは、ご当地南原でチュオタンを食べる、いかがでしょうか。

2 Comments
  1. りうめいさんのその嗅覚よ。
    三盆モーテルのなんともいえぬ色遣い、よろしいですなぁ。ところで日本語のひらがな「ぬ」はなくなるんだよね。

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