慶雲洞・天道教中央大教堂螺旋階段

天道教中央大教堂は、天道教総本山の教堂です。観光地として知られる仁寺洞(インサドン)のお隣慶雲洞(キョンウンドン)に位置、向かいには興宣大院君(フンソンテウォングン)の私邸だった雲峴宮(ウニョングン)があります。

天道教は1860年に崔済愚(チェ・ジェウ)がつくったもので、教えが人間みな平等というわかりやすいこともあり、一般民衆の間で広く信じられた思想のひとつです。東学というとわかる方も多いのではないでしょうか。第3代目の教主は孫秉熙(ソン・ビョンヒ)、彼が1905年に天道教と名称を改めました。

 

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大教堂は1921年12月に竣工。当時300万人を超えていたという教徒の募金で、孫秉熙の呼びかけにより建てられました。設計は中村與資平(なかむらよしへい)。朝鮮・満州、日本では静岡で活躍した建築家で、朝鮮銀行の建築顧問でもありました。中村が手がけた教会建築はこの大教堂が唯一だそうです。中村與資平記念館のブログ事務所にいたドイツ系オーストリア人建築家アントン・フェラーも関与したと言われています。

総督府はこの教堂を大きく建てないよう妨害した、と資料にありましたが、どういう経由で朝鮮銀行の建築顧問の中村が設計の依頼を受け、この建物が建てられることになったのか知りたいです。天道教教堂は独立運動の拠点になったというのに。

中村與資平記念館のブログにある過去の写真をごらんいただければと思いますが、別に2棟建物があったのですね。新館建設と道路拡張のため一部はソウル北部牛耳洞(ウイドン)に移築されました。ちなみに新館は韓国を代表する現代建築家の設計したもの。別の機会にお話できればと思います。

 

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アーチ型窓の枠の幾何学模様装飾、丸い窓もかわいいですね。赤レンガのところどころに花崗岩の白が入っていて、全体的にとてもリズミカルな印象を与えています。

 

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下の部分の花崗岩のふくらみに特徴がありますね。

 

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この日はあるギャラリーの展示を見に行こうと思い、わざわざ仁寺洞に足を運びました。残念ながら最終日だったこともあり、きれいに片づけられていてその展示を見ることができませんでした。目的を果たせず、さてどうしたものか。仁寺洞の路地裏をでたらめに歩いていたら、この大教堂に目が留まりました。そういえば中に入ったことはなかったな。

 

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1階の大きなフロアは扉に鍵がかかっており、入ることはできませんでした。とりあえず来たのだし、と2階へとあがります。このおじいさんは誰だろう?ツイッターでつぶやいたところ、二代目教主の崔時亨(チェ・シヒョン)と教えていただきました。

この鬼の金棒みたいなのといいますか、丸い突起のある鉄棒があちこちにあって、何か意味があるのかなあと思ったり。

 

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中はこれといって気になる装飾や造りがあるというわけではなかったのですが、汚れたガラス窓の向こうに見える若い緑色の葉をつけた大きな木が印象的でした。鍵がかかっていないドアをギイイとあけるとそこは事務室になっていて、ひとりおじいさんが座っていました。

 

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殺風景な事務室の片隅に、背骨のようなしっかりとした鉄の支柱が見えました。螺旋階段は美しい曲線を描いて上へ上へと続いています。思わず“あっ”と叫んでしまいました。この螺旋階段は、大教堂のバロック風の塔につながっているのではないでしょうか。

「のぼっても何にもないよ」

おじいさんはそう言いますが、許可をいただいてゆっくりとのぼってみました。

 

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下にいるおじいさんに声をかけつつ。

 

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足元に注意してのぼると、そこには真っ白い壁に囲まれた空間が広がっていました。この空間の感じを写真で伝えられないのがもどかしい。

 

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中央には、さきほどの白い螺旋階段をひとまわり小さくした黒い螺旋階段がのびていました。

 

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よく見ると、木の踏み板がかなり傷んでいるのがわかりました。のぼるのは危険です。白い階段をのぼっておじいさんが後からやってきました。

 

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話によれば、ソウル市が階段が倒れないように黒い螺旋階段を4つの鉄棒で支えるようにしたといいます。この鉄棒が空間をばさっと切ってしまって無粋なのではありますが、仕方がないです。

 

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事務室の隣にある部屋には雑誌や本がディスプレイされていました。元はきっと展示室だったのでしょうけれど、布をかぶせたまま、じゅうたんの上には掃除機。今は公開していないとのことでした。

道教は1919年3月に起きた3.1運動を主導するグループのひとつとして、その後は愛国啓蒙運動を展開しました。天道教の支援を受けて1920年に創刊した総合雑誌『開闢』は、1926年まで何度も発禁になりながらもその時代の文化・啓蒙活動に大きな役割を果たしました。昔の資料を見ていると、『開闢』『別乾坤』『三千里』の雑誌名をよく目にします。

※写真の本は雑誌『開闢』ではありません。念のため。

 




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思いがけず、塔へと続くであろう秘密の螺旋階段を見ることができた日でした。

 

 

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