大邱・北城路

大邱駅すぐそばにある北城路(プクソンノ)。日本家屋を改築してカフェとしてオープンしたcafe三徳商会を見るためにその通りに足を運んだのですが、また行ってみたいなと思う魅力的な場所でした。朝鮮王朝時代、大邱は城壁で囲まれた城郭都市でした。北城路は、城壁を壊して北門のあったところに新たに作られた道路の名前です。1905年に大邱駅ができて1906年に北城路ができあがると一番町、昭和に入ると元町と呼ばれ、大邱の目抜き通りとして大変栄えました。   P1040297-1   その後1950年代からは、工具や工業部品などをあつかう小さな店が集まり始め、西城路(ソソンノ)、西也洞(ソヤドン)、仁橋洞(インギョドン)、西門洞(ソムンドン)、市場北路(シジャンプンノ)、寿昌洞(スチャンドン)、太平路(テピョンノ)と合わせて大邱産業工具通りが形成されました。現在は大邱の産業を、韓国の工具流通を支えてきた歴史的な場所として、歴史ツアーのプログラムでも紹介されています。   P8045245-1   大邱産業工具通りのそんな歴史を気軽に知ることができるように、と2013年5月にオープンしたのが北城路工具博物館です。建物には長い間ごく普通の工具専門店や食堂などが入っていたのですが、1930年代に米倉庫として建てられたということで、このような和風建築に。日曜日が休館なので中には入れませんでした、残念。祝日もお休みだそうですよ。中の様子はこちら。通りの歴史をソフト(展示)・ハード(建物)別々の時代のもので見せるのが面白いですね。ちなみに1930年代にこのような和風建築だったとは思えません。以前の姿がこちらにあります。イメージですかね?   daegu2   東北文化研究センターのサイトより。大邱はたいきゅうというのですね。元町は大邱の銀座とも呼ばれていました。   minakai   この通りの繁栄を象徴するのが、元町二丁目、現北城路1-63番地にあった三中井百貨店大邱支店です。当時三越や松坂屋と並ぶ百貨店で、朝鮮・満州・中国に多くの支店を持っていたのですが戦後幻となったデパートです。滋賀県出身の雑貨商中江勝次郎が、大邱駅開業の年である1905年に大邱に移住し、小物売りから呉服店と事業を広げていきました。このデパートについての研究本が日本語であります。かなり詳しいです。気になる方はこちらをどうぞ。   20131004_165541   1935年大邱府本町小学校之図。ちょっと小さくてわかりにくいですね、すみません。こちらのブログより。このブログでは、時代別の大邱の市街図を見ることができます。   20131003_214835   20131004_165541-1   三中井百貨店の周辺には、料亭明石、東本願寺、ウサギヤ用品、コマヤ呉服、一○堂とありました。なのでこのキラキラの写真の左奥に見えるのが三中井百貨店ですね、マークも見えます。大邱府本町小学校之図の右側、大きめの道路である中央路をすすみ一つ目の十字路から見た写真ということがわかります。   P8045248   あまりにも残っている建物が多く、古地図見てどの建物が昔これだったという遊びをしたかったのですが、これがもう大変。 釜山でお昼をの管理人さんもおっしゃっていますが、一人で合わせてくのはかなり大変だろうと。同意です。   P1040305-1   管理人さん曰く、「ネットは奥が深いから大邱のこの通りを詳しく考察したいとする人が・・・w 」。管理人さん、一緒に作業しませんかとメッセージを送りたいくらいですが、恐れ多いですね。何の変哲のない工具街は宝物がいっぱいのストリート。日本家屋@韓国を好む方ならぜひぜひ訪れてほしい通りです。   P1040308-1   金融系ではないと思います。エンタメ系?官庁系ではないと思う…   P1040309-1   キョンイルモーターポンプよ、君は昔何の建物だったのだ?   P1040298   こういうタイプの店舗建築がごろごろです。面白いのはその一つ分の店に今は分割されて三つの店がはいっていること。二階はどうなっているのでしょう。   20131003_205434   1950年代の様子。このころの写真を見るといつも思うのですが、原色ってほとんど見られないですよね。今の韓国は原色の街というイメージですが、それはいつからそうなったのか。しかしこれは朝鮮戦争前後の風景なので、こういう灰色の街なのでしょう。   P1040304-1   老朽化が進み、工事をしている家をあちこちで見かけました。機会があれば、ゆっくりと見て歩きたい私にとっては宝ストリートです!   ~おまけ~ 1399   統治時代の建物ではおそらくないと思いますが、お気に入りのビルディング。ウォーターサーバー(意訳)総合展示場、ソイル風力機械とあります。褪せた水色と黄色くなっている文字が灰色の壁によく合っています。窓の配置具合がかなりツボです。横長4枚(真ん中にあとから柱を足してありますが)、外側の格子もかわいく、右側は小さい窓をいっぱい並べて縦を強調。   1400   表通りを少し路地に入るとこれまたいい雰囲気。この旅人宿に泊まってみたい…   1401   北城路を南へ進むと、慶尚監営公園という公園があります。その前にある中央商街という複合ビルがかなりいいオーラを出しています。口でうまく説明できないのがもどかしいですが、とにかくすごいの一言。今度時間があれば中を見てみたいです。   今回ご紹介した北城路の地図は三中井百貨店があったところを中心に。現在は大宇駐車場になっています。

 


7 Comments

  1. ありりん
    2013-10-04

    手元にテグの地図がないのが残念。
    入手したら照らし合わせてゆっくり見せていただきますね。
    本当によく調べられていて感心。
    テグってこんなにたくさん日本風の風景が残っているんだとは本当に知りませんでした。

    返信
    1. admin
      2013-10-07

      >ありりんさん
      位置関係を頭に入れるとさらに理解が深まることと思います!大邱駅って私が訪れたイメージではなんといいますか、ローカル色をかなり感じたのですが、それは東大邱のほうが栄えているからでしょうか。お昼はロッテデパートのフードコートでミルミョン食べました。

      上記のような質問をしてしまうこと自体、私の手前味噌がばれてしまいますね。
      大邱のこと、ピンポイントに近代建築回っただけで、偉そうにかいてアレなのですが、機会があればまた行きたいですね。

      返信
  2. suc
    2013-10-04

    今晩は、ご無沙汰しております。
    大邱にもこんな穴場があったんですね! これは是非行きたいです。来月の旅行で大邱に行く予定に
    しているところでしたので、この地区は外せませんね。先月の旅行でもこのすぐ近くまでは行って
    いたので、写真を拝見して あー、行きたかった! という感じです。

    返信
    1. admin
      2013-10-06

      sucさま
      ご無沙汰しております。来月大邱に行かれる予定があるのですね!そうしましたら、こちらの通りのレポート楽しみにしています!

      返信
  3. ゆうこ
    2016-06-17

    はじめまして。

    わたしの祖父が、その昔大邱に店を構えておりました。

    詳しいことは余りわからず、手元に写真があるのみ
    だったので、分かるところだけでも調べたいと思いいろいろ検索したところ、こちらにたどりつきました。

    本町小学校区の図をよーく見てみたら、なんと!
    祖父のやっていた「玉水竹虎堂」があるではないですか!

    大邱のどこかは分かっていなかったので本当に嬉しかったです。 ちなみに大邱名産のリンゴを使った羊羹を作り、販売しておりました。

    こちらの地図をあげていただいていて、本当にありがとうございました! もっといろいろ調べていこうと思います。

    返信
    1. liumeiuru
      2016-06-17

      ゆうこさま

      拙サイトをご覧いただきありがとうございます。おじいさまのお店を見つけられたのですね!
      すでに調べられていたらすみません、一応こちらに参考としていくつかあげましたので、よろしければご覧になってみてくださいね。

      拡大図
      http://liumeiuru.hacca.jp/wp-content/uploads/2013/10/20160617_214732.jpg

      現在の様子
      http://liumeiuru.hacca.jp/wp-content/uploads/2013/10/20160617_214402.jpg

      地図
      http://me2.do/5davYuDJ

      返信
      1. ゆうこ
        2016-06-19

        ご丁寧にありがとうございます!

        必ず一度は大邱へ訪れてみたいと思います。

        返信

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です