羅州・栄山浦

栄山浦(ヨンサンポ)の旧日本人街にずっと行きたいと思っていました。栄山浦は、梨の産地として有名な全羅南道(チョルラナムド)の羅州(ナジュ)にあります。鄭銀淑著「韓国の『昭和』を歩く」(祥伝社新書)の中で、寂れてはいるけれども雰囲気のある日本人街、有名な韓国映画「将軍の息子」のほとんどが羅州で撮影されたとの紹介があり、気になっていました。

栄山浦は高麗時代から水運が発達、栄山江(ヨンサンガン)という川沿いの町。日本統治時代にたくさんの船が往来するようになり、羅州平野の米や木浦港などからの水産物が集まる、全羅道最大の集散地として大変にぎわいました。1970年代の終わりごろに船着場としての機能がなくなり、水運業が衰退してすっかり寂れた田舎町となり現在に至っています。

 

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写真はこちらのブログより。1950年代の様子です。

 

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2013年8月の様子。川はすっかり整備され、観光用の船が行き来しています。

 

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白黒写真の左側に見える栄山浦灯台は、観光船船着場の中にあります。ちょっとかわいそうな(?)立ち位置。1915年に栄山江の水位測定のために作られた灯台で、小さくてかわいらしいながらも登録文化財第129号に指定されています。

 

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灯台口には、ホンオ(ガンギエイ)料理屋さんが並ぶガンギエイ通りがあり、いろいろな種類のエイ料理が楽しめます。三合(サマッ)というエイを醗酵させたもの、ゆで豚肉、古漬けキムチを一緒に食べる全羅道の郷土料理が有名なのですが、かなーり癖のある食べ物。本場に来たものの、子連れだったのでエイ料理は今回はスルーし、この通り沿いのコンククス(豆乳スープの麺)屋でお昼。これが予想外においしく、今まで食べた中でのベストでした。

 

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あちこちにエイをモチーフにしたゆるキャラといいますか、やや不気味なキャラを見ることができます。

 

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昔の繁栄をしのばせる倉庫

 

さて、旧日本人街の話でしたね、今回は。これ!という建物群は特に見つけることができませんでした。

 

 

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左奥にそれっぽい日本家屋がようやく。

 

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同じ通りにあった朽ち果て寸前の建物。うーん、これ銀行っぽいなと思って、後で調べるとやはり旧朝鮮銀行栄山浦支店でした。2011年に栄山浦開港博物館としてリニューアルされる計画が決定。けれども、この様子を見ると計画は実行されていないようです。

 

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韓国のポータルサイトダウムのストリートビューから。右側の白い建物もおそらく結構昔に建てられた官公庁・金融系だと思います、たぶん。左側に旧朝鮮殖産銀行栄山浦支店が。このビューは2010年5月が最新なようで、この頃はまだ原型をとどめてますし人も住んでいたようです。

 

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上の写真の建物は、よく羅州旧日本人街関連記事に出てきます。このあたりは昔西町と呼ばれていました。このあたりに古い日本家屋が点在していると思っていました。期待しすぎたのでしょうか、、それっぽい建物があまり目に入ってこない…

 

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こちらもダウムから。道路の高架下右側に何か台らしきもの見えますでしょうか?そこで花札していたおばあちゃんたちに聞いてみました、将軍の息子のロケ地にもなっていた日本家屋通りはどこかと。目の前がそうだと。2010年5月のストリートビューでは左奥に見える木造の家、これはありませんでした。この通りが本町通と言われたところ。近代歴史通りとして整備すると2007年に計画が発表され、関連記事を読みました。ちなみに時代別の写真がこちらのブログにあります。

「あー、なんかそんなのもあったね!でも川の整備工事とかポンプ場の工事とかで、古い家もどんどんなくなってるみたいだね!」

 

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ローカル紙ナジュニュースのサイトによると、文化体育観光部(文部省やら厚生省、観光庁などをミックスしたような省庁です)が2010~2014年の四年をかけて栄山浦口のエイ通りや、日本家屋が多く残るチュッチョン(漢字は未確認)通り、栄山浦開港博物館、河口ステイ(ゲストハウスとかを作るのかな?)造成する事業を47億ウォン(約4億5千万円)かけて行うと発表。

上の図は少々見にくいですが、その通り造成のイメージ。チョッチョン通りは、先ほど紹介した朝鮮殖産銀行などがあった通りです。

ところで、本町通りの事業はどうなっちゃったの??

 

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川の近くやエイ通りはとってもきれいで、ああ、整備は無事終わってるのねーと感じられます。 まとまりが悪くなりましたが、今回旧日本人街を探して栄山浦を訪れて少々反省したことがあります。日本家屋は川の整備の影響でどんどん消えているのは事実ですが、2007年の計画の結果を確認しにいく、というのが自然と私の中にあったようです。で、何もなかった。何もないというより、田舎の平凡な日常に古い日本家屋があまりにも自然に溶け込んでいてわからなかったのです。きれいに整備されたわかりやすい旧日本人街、自治体によってある程度散歩コースとして整備済みのルートにのっかる楽なのをちょっと最近見すぎてしまってるせいかもしれません。

羅州ってなんだ、何にもないじゃん!とともすればいってしまいそうになった自分、それは単に事前のリサーチ不足と、まちの空気をちゃんと感じる時間をとらなかったせいかと思われます。それと、それと、この日はとんでもない猛暑だったことも付け加えておきたいです。猛暑の建物めぐりはやっぱ厳しかったのです(笑)

 

2 Comments

  1. ありりん
    2013-12-16

    私も鄭銀淑さんの本を読み、羅州には行って見たいと思っていました。出来上がった地図を頼りに踏査をするのに私も慣れてしまっていますが、羅州は自分の足と目で発見するということが必要な街なようですね。
    是非近いうちに再訪してください。できれば暑い時期、寒い時期は避けて。。。

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    1. admin
      2013-12-20

      ありりんさん
      鄭銀淑さんの昭和を歩くは、たくさんのしられざるスポットを知ることができる本ですよね。本のコンセプトはとりあえず置いておき。
      羅州の栄山浦はいいところでした。ガンギエイのゆるキャラ比較もとっても楽しいです!
      あそこまでいってホンオ食べずに暑さに負けてコンククス、笑。

      返信

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