龍山・旧京城電気関連施設?

ひとつ前の記事でご紹介した、三角マンションの全体を撮るためにやってきた謎の空き地。入り口のドアがたまたま開いていたので思い切って中に入ると、三人の男性が休憩していて、話しかけるとコーヒーやチョコパイをくれて親切に対応してくれたことはすでにお話しました。
再開発予定地なので、火事などがおきないように除草作業をしているとのことでした。私が日本人だとわかると、空き地内の古い倉庫を指差しながら、それは日本統治時代の建物だと教えてくれました。

 

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倉庫は二つあり、まずは三角マンションのすぐ近くにあるほうから入ることに。昔入ったときとまったく変わりがありません。私はすっかり年をとりましたが(汗)


 

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この空き地は韓国電力公社の所有です。前身は1915年に設立された京城電気株式会社。いつごろの建物かはわかりませんが、かなりの年月がたっているのは間違いありません。いつまでどのように韓国電力の龍山倉庫として使われていたのかは、調べるのは大変そうです。三角地駅の目の前の一等地であるため、三角マンションとともに再開発の対象になっているのですが、いろいろな問題が絡んで事業を推進できない状態が続いているのだそうです。

 

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すばらしい空間が広がっています。真ん中が折れて、無理やり留めてなんとか持ちこたえている柱が何本もあり、いつ倒壊してもおかしくない状態です。

 

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ソウル(漢城および京城)を1899年から1968年まで走っていたという路面電車は、1910年以降日韓瓦斯電気会社、のちの京城電気株式会社が事業を引き継ぎ運営していました。いろいろな方面の路線があり、駅のうちのひとつに三角地車庫というのがあります。図は、1930年代の京城の様子を知ることが出来る資料としても有名な、京城電気株式会社の社史『伸び行く京城電気』より。この位置がちょうど三角マンションと空き地になります。はたして車庫関連の施設なのかどうなのか?

 

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1929年の路線案内図。こちらより。ちょっと見えにくいですが、図の左側が龍山エリアです。

 

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参考までに、京城の中心街の路線図。吉田初三郎氏画。この図だと三角地は見えず、右側の練兵町のもっと右側になります。ソウルの路面電車については、いつもおせわになっているこちら

 

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いたずら落書きもそのまま残っていました。いつかかれたものでしょうか。

 

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以前訪れたときは紙の束がたくさんあったのですが、今は落ち葉がいっぱい。

 


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もうひとつの倉庫、この間は爆弾でもあるのではないかと妄想して近づかなかったという。

 


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火気厳禁なんて書いてあるのですもの。

 

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入ってびっくり。まさか野宿者が縮こまってる?とかなり驚かされました。ある意味アート。

 

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言ってしまえばただの古い木の小屋にすぎないのですが、私にとってはもうすばらしい場所。作業員の話によれば、映画の撮影にも使われたこともあるのだとか。アジトな感じがたまりません。

 

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全てが木でできています。がしっと階段の板が割れるのではと慎重に上りましたが、しっかりとしていました。

 

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日本統治時代に、いったいどんな用途で使われていたのでしょう。ここを出入りしていた人たちはどんな人たちだったのでしょう。

 

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高層ビル、アパートが次々とたつ龍山。その中で時間の止まった大きな空間が存在している。その極端な対比が生み出すソウルの風景に魅力を感じるのです。

 
 



  

4 Comments

  1. ありりん
    2014-01-10

    すてきすてきー!
    これ、再利用できたらいいのに、遅すぎですね、もう。
    二枚目の写真に写っている扉にはまっているのはまさか障子?なわけないですよね。
    実はソウルに路面電車が走っていたこと知りませんでした。りうめいさんの記事で以前に教えていただいたんですよ。
    色々な教えてもらっています。

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    1. admin
      2014-01-13

      ありりんさん
      ずっと放置のままで、開発開発と言われ続けいつなくなるのかどきどきですね。
      扉の障子のように見えるのはガラスですね〜。
      ソウルの電車は、昔から建物関連でいろいろ案内してくださったY氏がとても詳しいです。
      古い建物も、最初Y氏が龍山に案内してくださったのが私の建物巡りのきっかけでもあり、氏には感謝しています〜。

      返信
  2. 大彦命
    2014-02-11

    突然横から失礼します。初めての者です。貴重な写真、記事を拝見しました。
    実は私の父は、内地の大学を卒業後この京城電気に終戦頃まで勤務していました。
     家族は最初は三角地や清水町の社宅に住み、父はここから会社(現在の乙支路入口の韓国電力)に電車で通勤し、姉たちは瀧山小学校や元町小学校(今のジョンイル小学校)に通っていました。巌冬期の今頃はいつも漢江でアイススケートをしていたそうです。両親もほとんどの兄や姉も既に亡くなり、引き揚げ時、2歳の私には知る術もありませんが少しずつ殆んどない記憶の空白を埋めていきたいと思っています。
     実は私は6年前から自転車に乗って韓国各地の日本人の家を見て回り、低レベルながらハングルの勉強をしていますので、これからは勝手連的にliumeiuru さんを師と仰ぎ、修行したいと思っていますのでよろしくお願いします。

     

    返信
    1. admin
      2014-02-12

      大彦命さん
      コメントありがとうございました。非常に貴重なお話をこのようにしていただき、日陰ながらも、ブログをやっていて本当によかったと感無量です。師だなんてとんでもないです!専門的に研究しているとかでもないので、不足なところが多いと思います。これからもよろしくお願いいたします。

      さてさてお父様が京城電気にお勤めだったとのこと、乙支路入口の韓国電力はロッテデパート本店前のビルヂングですね。こちらは登録文化財第1号、韓国発の電気エレベーターが取り付けられたという面で非常に歴史的価値の高い建物ですよね。
      京城電気株式会社の社史『伸び行く京城電気』は、1930年代の京城のガイドブックといっても過言のない大変貴重な資料だとおもっております。

      >三角地や清水町の社宅
      このあたりに京城電気の社宅もあったのですね。非常に興味深いです。個人的に鉄道や企業などの官舎に最近興味を覚えまして、いろいろと調べているところです。

      自転車にのって、韓国各地の日本家屋を見て回られているとのこと、機会があればぜひお話をうかがってみたいです。よろしくおねがいいたします!

      返信

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