順天・鉄道官舎村

全州から汽車に乗って向かったのは全羅南道(チョルラナムド)の順天(スンチョン)。ムグンファ号で全州から約1時間20分ほどのところにあり、麗水(ヨス)や筏橋(ポルギョ)が近いです。ラムサール条約に登録されている沿岸湿地の順天湾が知られ、2013年には順天湾国際庭園博覧会が開催されました。また、朝鮮王朝時代の姿をとどめる楽安邑城民俗村(ナグァンウッソンミンソッチョン)があり、多くの観光客が訪れます。順天駅の近くには1936年にできた給水塔があります。

 

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順天を訪れた目的は、1936年に作られた鉄道官舎村を見るため。以前大田(テジョン)でお世話になったイ・ヒジュン教授らが順天の鉄道官舎村を訪問したという記事を見つけ、順天にも鉄道官舎があるんだ!と、いてもたってもいられなくなり行ってきました。

今回、順天鉄道官舎村の保存と住民の交流を支援する団体「湖南鉄道協同組合」のメンバー兼記者のキム・ヒョンジュ氏、組合理事長のソ・ギョンソプ氏が案内をしてくれました。また組合が運営するカフェ「汽笛の音」の責任者の計らいで官舎に一晩泊めていただけることになりました。

 

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順天の鉄道官舎村は、国鉄順天駅から歩いて10分ほど。山の裾野に広がっている住宅地です。改築増築で外観がだいぶ変わっている家がほとんどですが、それでも昔の面影の残る住宅(写真中央の家のならびに注目)がずらっと並んでおり、一般的な韓国の住宅街とは雰囲気が違うなと感じられます。現在も多くの鉄道関係者(ほとんどが退職されたお年寄り)が住んでいます。

 

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上のイメージは「湖南鉄道協同組合」のサイトより。鉄道官舎村は1936年、当時順天の鉄道事務所で働く日本人らのために全羅線(順天からソウル)の開通に合わせて作られました。職級別の官舎以外に、鉄道病院、運動場、配給所、倶楽部と呼ばれた社交場、共同浴場やプールもあり、既存の市街地から少し離れた山のふもとの新興高級住宅街として知られていました。官舎は日本統治時代の鉄道職員等級により、4級から8級に分かれていました。ちなみに2級官舎は朝鮮半島に建てられたことはなく、3等官舎が龍山(ヨンサン)や平壌に作られたそうです。もう今はありませんが龍山で見た鉄道関係のお偉方の家は官舎だったのでしょうか…

順天の鉄道官舎村には、全部で7タイプの官舎が建てられました。8等 48世帯、7等(甲)28世帯、7等(乙)56世帯、6等11世帯、5等8世帯の計77棟152世帯です。

 

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5等住宅

 

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7等住宅。官舎の番号がそのまま残っています。

 

現在どれくらい残っているのか詳細はわかりませんが、等級別に多くの官舎が一つの町に残ってるなんてすごいごとだと思いませんか。ついでに日本に残る国鉄の官舎をちらっと調べて見ましたが、おおっと思えるものは見つかりませんでした。

 

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幅6〜10mの道路が縦横にのび、メインストリートだったという道路はまっすぐ山のふもとへと続いています。かつては小川が流れ、桜並木が続いていたと言います。気持ちよいくらいまっすぐです。

 

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今はコンクリートの塀が家をぐるりと囲んでいますが、当時は樹木を巡らせた生け垣でした。その様子を今も伝える古い官舎が残っています。

 

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倉庫がそのまま残っているところもあります。

 

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山のふもとから全体を見下ろすようなところに4等級鉄道事務所長の家がありました。日本式庭園もある大きな単独住宅でした。現在はスジョンアパートという団地になっています。

5〜8等級の家は木造平屋で二世帯が一つになっていて、1945年以降は韓国の鉄道職員の社宅となり、その後一般人への払い下げも進められ住宅の形も変わりました。一世帯分を壊して全く新しい家が建てられたり、二世帯分を壊して大きな二階建ての家が建てられたり。

 

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ちなみに現在、鉄道病院は保育園(写真左側の白っぽい建物)、倶楽部は鉄道員アパート、配給所は鉄友会という鉄道職員OBらの社交場になっています。

 

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壁には鉄道マンたちの写真や壁画が。控えめな壁画が好印象。

 

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鉄道官舎村を一通り案内していただいたあと、カフェ「汽笛の音」でコーヒーブレイク。お子さんがいらっしゃるということでキム・ヒョンジュ氏と別の用事があると記録係の方が帰宅され、ソ・ギョンソプ氏と「アレッチャン(在来市場)」近くのスンデクッ通りにて夕食。にんにくのきいた味濃いめのスンデクッをいただきました。ソ・ギョンソプ氏は鉄道公社民営化反対のストに参加したため、2014年3月に解雇されたことを話してくれました。

 

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くつろぐ氏。とてもあっけらかんとしているのは、行政裁判で争い中でおそらく復帰できるからと見込んでいるからだそうです。以前解雇されたときもそうやって復帰されたとか(笑)

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写真右はキム・ヒョンジュ氏。

日本人として、鉄道官舎村に来て感じたことはなんですかと聞かれました。

この官舎村に住んでいたことがあり孫に連れられて、また全羅線の敷設工事に関わっていたのでという方は来たことがあったが、あなたのような日本人は初めてだと言われました。

私は研究者でも何でもありません。日本人としてぱっと答えられるものも正直言ってないかもしれません。けれども1945年以降日本人がいなくなった後、自然な流れで韓国の鉄道職員が等級に合わせて住むようになり現在も多くの家が残っているという事実、大事に住んでいる人がいるという事実、そしてこの鉄道官舎村を守っていこうと積極的に活動している人がいることを少しでも多くの人に伝えられたら、と。

 

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4 Comments

  1. ありりん
    2014-08-26

    今回も読みごたえありました。りうめいさんがこちらの官舎に泊まったと聞いたときから記事になるのを楽しみにしていました。
    りうめいさんの思いを聞いて、保存会の方々はどのように感じられたのでしょうね。このように統治時代の遺産が大切に保存されているのを見て嬉しく感じる人がたくさんいると知ったらさぞかし驚かれることでしょうね。

    返信
    1. admin
      2014-08-27

      >ありりさん
      そのようにおっしゃっていただけると本当にうれしいです。日本でも見られないある意味貴重な近代文化遺産だと思います。台湾でも保存が決まった官舎群があると聞いています。いろいろあるけれど残ってもらいたいですよね。

      返信
  2. 조종철
    2014-09-02

    아직도 일본식 철도관사가 이렇게 대단히로 유지된곳은 이곳이 유일합니다.
    일본사람들의 많은 방문을 환영합니다.

    여기 웹사이트가 건승하시기 기원합니다.

    返信
    1. admin
      2014-09-02

      국장님

      일본에서도 이렇게 대규모로 남아 있는 철도관사군은 없을 것입니다.그런 역사를 품고 있는 순천에 많은 사람들이 방문했으면 합니다.아픈 역사이기도 하지만
      일본인들이 사라진 후에 철도를 지키려고 열심히 일 하신 분들과 이 철도관사 마을을 지키려고 노력하시는 분들의 건강을 빕니다.

      返信

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