九龍浦・旧日本人街 その1

浦項(ポハン)の九龍浦(グリョンポ)。韓国半島の東南部にある小さな漁村です。去年4月のはじめ、鎮海(チネ)で散り際の桜を見た後の暖かい春の日、ピクニックのような気分で訪れ、きらきらと光る海を旧九龍浦神社の公園から眺めました。今回は九龍浦の名産品クァメギ(サンマの生干し)を干す姿があちこちで見られる初冬。鈍色の海とどことなく重たげな空が広がっていたのは、天気のせいだけではないのかも。

 

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通りの入口付近に新しくカフェができていました。下見板張りの平屋スタイルです。この漁村に約100年前、日本の瀬戸内海沿岸の貧しい漁師たちがやってきて定住し日本人町が作られました。

 

 

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-日本人は村の裏山に神社を建て、公園の裏側には尋常小学校を建て、九龍浦で生まれた日本人二世たちをそこで教育した。公園の下の路地には、銭湯や理髪店、クリーニング屋、薬局、写真館、雑貨店などが並んでいた。もう一方の路地には、食堂や旅館、居酒屋、そして芸者のいる高級料亭など娯楽施設が並んでいた。長い間海にいて帰ってきた漁師たちは、居酒屋や料亭に集まり、夜明かしで楽しんだ。

-韓国内の日本人村、浦項九龍浦で暮らした(ポハン市からいただいた資料より)

 

 

 

 

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浦項市は2009年に老朽化した日本家屋を修復、「九龍浦近代文化歴史通り」として歴史の現場の保存と観光地化を推進、現在に至ります。初めて訪れたときは、きれいにしすぎてしまった感のある通りの様子にとまどいを覚えました(というかブーブーと文句)。
けれども、日本の浴衣を着て歩く韓国人カップルや、鮮やかな色の登山服に身を包んだ団体観光客などが通り過ぎるのを見ながら、観光地として人々に知られるのもいいことなのかもなと思えるようになりました。

 

潮風にさらされてすっかり錆つき、ボロボロになったトタン屋根の家並みが作り出す風景が見たかったな。褪せているけれどもカラフルな街並み。九龍浦ではそれは過去のものとなりました。

感傷的で身勝手なノスタルジー、わかっているけれど。

 

 

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メインストリートを一つ横に入ると、このような古い家屋が。

 

 

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1909年、香川県出身の橋本善吉が九龍浦に移住し、娘婿の植村倉太郎と共同で鮮魚運搬業を行いました。彼が建てた立派な家は、九龍浦近代歴史館として開放されています。この家の2階から九龍浦神社がよく見えたといいます。

 

 

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大変立派な二階建て。橋本善吉は鮮魚運送業と共に大型漁獲用網や巾着網漁業、イワシ加工工場まで経営し、九龍浦で最も成功した実力者の一人でした。戦争が終わる1年前、1944年に九龍浦で亡くなりました。瀬戸内海の貧しい漁村を後にし、ユートピアを築いて成功者として亡くなったのは、ある意味幸せな結末なのかもしれません。彼には生前9人の子どもがいて、そのうち3人がご存命だそうです(2009年現在)。

 

 

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ガラスの模様が一枚一枚違うのがお分かりでしょうか。

 

 

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窓の向こうには元気な韓国の男の子。浴衣をぎこちなく来た韓国の、小さな女の子は座敷わらしに見えました。

 

 



 

 

2 Comments

  1. 仕事で、九龍浦近代文化歴史通りの事を調べてたら、こちらのブログに辿り着きました。
    古建築物に対して、私は今まで興味が無いと思っていましたが(笑)、最近のエントリーから順にブログの解説と写真等見ていたら、大変興味が沸いてしまい。。。GWにソウルに予定も無く行くので、古建築散歩をしようと思いました!
    また遊びに来ます!

    返信
    1. liumeiuru
      2017-03-30

      ともちん418様
      コメントありがとうございます!ブログをいろいろ見ていただいて大変嬉しく思います。
      ソウルに行かれるのですね、いろいろなものをたくさんご覧になってくださいね!
      これからもよろしくお願いします。

      返信

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