慶山・コバルト鉱山その1

隣の部屋にいる夫婦はこちらに気を遣ってくれているのか、囁くような静かな声で会話していました。大邱(テグ)東部にあるマンション、民泊サイトで予約したところです。長かった一日の疲れから解放されるべく荷物をおろし、シャワーと着替えをすませ、なんとはなしに部屋の本棚に視線をゆっくりと移しました。視線の先にはイ・ジェガプ氏の写真集。

こんな偶然ってあるのでしょうか。この日訪れた、慶山(キョンサン)コバルト鉱山の記事に出てきたカメラマンの方ではありませんか。内容は日本に残る朝鮮人強制連行の地を訪ねるというものだったかと思います。

翌朝、夫婦と一緒に手作りヨーグルトやトーストを食べながらイ・ジェガプ氏の話をすると、夫婦は大変驚いていました。氏は奥さんの友人で、写真集は彼からもらったものだそうです。拙い韓国語で、慶尚北道(キョンサンプット)慶山で見てきたことを話しました。
今回は慶山コバルト鉱山のお話です。

 


 

慶山にかつてコバルト鉱山があったということは、東大邱行きの列車の中で暇つぶしにネット検索をしていて知りました。慶山に行く目的は、少ないながらも残っているという日本統治時代に建てられたであろう建物や朝鮮王朝時代邑城の石垣を見ること。コバルト鉱山はついでに見られたらいいなくらいの、軽い気持ちでした。

慶山駅到着後に向かった一軒のカフェ。カフェラテを一口飲んだ時から長い一日が始まったのでした。

 


 

コーヒーバンカーは慶山駅から歩いて15分の西上洞(ソサンドン)住宅密集地の路地裏にあり、近代韓屋を改造したカフェです。壁一面の窓ガラスの開放感が大変心地よくいつまでもゆっくりとしていたい雰囲気。カフェのすぐ隣にある自宅で焙煎したコーヒーを提供し、また柚子茶や生姜茶などの伝統茶や手作りお菓子も人気。コーヒーバンカーとつながっているキルタバンもセンスよくまとめられています。

 


 

壁に貼ってあるポスターが目に止まりました。まさに求めていた地図ではありませんか。客は自分一人、オーナーのキム・ジョンイルさんと編集デザイナーでもあるソン・スギョンさんと少し話をしました。スギョンさんは、西上キルを近代歴史文化通りとして整備する復元プロジェクト事業を提案するために、この地図を作ったとのこと。写真撮影の許可をいただいた後、軽くコバルト鉱山のことを聞きました。行ってみたいので場所を教えてほしいと。夫婦は少し驚いた表情で顔を見合わせていました。

 


 

「一時間くらいしか案内できませんけれど、よければ案内しますよ。いいよね?(と行きたそうな表情でスギョンさんに確認しつつ)、車で行きましょう」

ジョンイルさんは大学生まで鉱山近くの家に住んでいたこと、秘密基地として遊んだことを懐かしそうに話してくれました。車に乗り鉱山跡地に向かいました。町中に普通にあるような裏山です。

 


 

落ち葉が積もりに積もって登るのがままなりません。ジョンイルさんは慣れた足取りでずんずんと登って行きます。少しでも気を抜くと転がりそうになる老体にムチを打ちながら登って行くと、次々とコンクリートの遺構が視界に入ってきました。

 


 

慶山坪山(ピョンサン)洞にあるコバルト鉱山は、1930年代後半から1940年はじめまで軍事用コバルト採掘のために開発された鉱山です、水平、垂直、斜めの坑道や選鉱場が残っています。日本では閉鎖された鉱山の多くが日本の近代化を支えた産業の姿を伝える遺構として保存され観光資源になっています(がもちろん支えた人々の労苦や犠牲があるでしょう)、ここはそういう前向きな記憶を伝える場所ではありません、それは敢えてここで強調しなくてもよいでしょう。

慶山コバルト鉱山は1950年7月から9月にかけての朝鮮戦争の混乱時、多くの民間人が虐殺された場所として知られています。そのほとんどが慶山、青道、大邱などから連れてこられた国民保導連盟員と大邱刑務所の収監者で、少なくとも1800人は犠牲になったのではないかと言われています。このことに関しては後ほど触れたいと思います。

 


 

「何をどんなふうに使っていたのか鉱山のことまったくわからないんですけど、ここから見下ろす風景が好きでした。大きなアパートが建ってだいぶ変わりましけどね。あそこ左側に古い家があって、鉱山労働者が昔住んでいたって聞いたことがあります。あそこ、私の前の家です。今はきれいになってます。あの古い家、今はハルモニが一人で住んでいます、鉱山の社宅だったところですね」

 


 

 


 

 


 

 

 


 

苔の生えた長い土管のような?ものが見えてきました。中を出入りするのはもちろん、上を歩いたりしていたとジョンイルさん。暗いから気をつけてと中に入ると、これまた慣れた足取りでさっさと歩いて行きます。結構な急斜です。

 


 

高さがあります。ところどころ外に出られるようになっており、光が入ってきて明るいです。

 

 


 

80年代か90年代かに何かの事件(すいません話の内容忘れてしまいました)で逃走した犯人がこの山に身を隠しこのトンネルに入って逃げ切ろうとしたものの、出口部分(?)は垂直になっているため落とし穴に落ちるような感じになり、怪我して動けず捕まえることができた、とジョンイルさん。危ないので途中の隙間から外に出る必要があるんですよ、と。慣れた方の案内があることに感謝しました。

続きます。

 

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