慶山・コバルト鉱山その3

 慶山・コバルト鉱山その2の続きです。一通り回った後寒かったのもあり、カフェで一休み。時間を潰して午後4時半にコーヒーバンカーへ向かいました。慶山新聞社のチェ・スンホさんはすでにカフェにいらしており、目深にかぶったニット帽、鋭い眼光が印象的でした。プロフィールを見ると386世代、コバルト鉱山民間人虐殺事件の報道後慶山歴史研究会、慶山市民集会などの会員として活動、事件の究明と被害者の名誉回復のためたゆまない努力をされているとのこと。やや硬い表情で彼は短く挨拶をすませると、車に乗るよういいました。こちらの実名でSNSアカウントでも調べたのでしょう、地方自治体の市民記者なんかをやってるんだね、本業ではないんだねと独り言のようにおっしゃいました。

はい、趣味で興味があってたまたまこの鉱山について知りました。まさか管理されている方の案内で、直接現場を見せていただくことにまでなるとは想像もしていませんでした。けれども何か少しでも伝えられたらと、自分のできる範囲で。

そんなようなことを言った後、車の中に沈黙が流れました。

 


坪山洞(ピョンサンドン)にある鉱山跡は現在ゴルフ場になっており、選鉱場のある上方洞(サンバンドン)から約4㎞離れています。ファティマ養老病院という病院の近くです。

 


車で行ったのでメインの鉱山入口の詳しい位置はよくわかりませんが、慰霊碑と駐車場があってだいぶ整備されている印象でした。

慶山コバルト鉱山は1941年、二宮泰三という日本人が鉱業権を獲得。採鉱、選鉱、精錬施設全てを備えた朝鮮初のコバルト鉱山として知られていました。報国コバルト鉱山と呼ばれたこの鉱山は、のちに株式会社大韓重石鉱業(現・大邱テック)が1977〜1992年まで鉱業権を保有していました。

コバルト鉱山民間人虐殺事件は、1950年7月から9月にかけての朝鮮戦争の混乱時、慶山、青道、大邱などから連れてこられた国民保導連盟員と大邱刑務所の収監者約1800人が、軍・警察などの国家機関により虐殺された事件です。当時は各地でそういった民間虐殺事件が発生していました。国民保導連盟員や刑務所収監者らが、朝鮮人民軍に呼応して反乱を起こすのではないかという恐れからの虐殺と言われていますが、その被害は60万人とも100数十万人とも。

 


 

『慶山コバルト鉱山の真実(2008)』P112キャプチャー。2000年7月に初の合同慰霊祭が、2001年3月に初めて遺骨発掘作業が行われました。

 


 

5時を過ぎ陽はどんどん傾き暗くなっていく中、スンホさんは大量の鍵の中から慣れたふうに入口の鍵を見つけて扉を開きました。地下水が多いのとぬかるみがひどいので、木の板の上だけを歩いて常に足元に気をつけるようにと言うと、中腰状態でずんずん前へと進んでいきました。

 


 

両サイドに砂利がつまった袋が大量に積んでありました。だいたいの遺骨の収集作業は完了しているものの、大量の砂利の中から遺骨を取り出すのは保留状態とのこと。まだまだやることは多いとスンホさん。

 


少々肌寒く、あちこちからちょろちょろと水の流れる音が聞こえてきます。埃っぽい中をただただスンホさんについて前に進んでいきました。

 


 

地下水が溜まっている垂直坑道、ここに次々と人々が投げ込まれたそうです。まだ生きているうちに投げ込まれた被害者も多かったので、洞窟内に遺骨が散らばったのでしょう。洞窟(ここは人口ですけれど)にある水は透明で澄んでいるというイメージを勝手に持っていましたが、ここで見た澱んだ泥水はどろりとした血の質感を思わせ、すぐに目をそむけてしまいました。


 

あんまり先に行っても危ないだけだからと、10分もしないうちに戻って来ました。あたりはすっかり暗くなっていて、早く戻らないといけないような雰囲気。自分がかぶっていたニット帽がいつの間にか頭から消えていました。帽子を坑道に落として来てしまったなんてとても言えるような雰囲気ではありません。スンホさんはその後、坑道入口横にある遺骨保管所のコンテナーの扉を開けました。中に入ると、プラスチックボックスや化粧箱の中に手を入れて褐色の骨をじゃらつかせながら、遺族に返したいけれど時間がかかるとまた独り言のように言いました。

車に乗ってカフェへ向かいました。『私は日本でいろいろお世話になった人がいるから、あなたにその親切をお返ししているだけです。』

学生時代の貧乏旅、若かった自分は旅先で親切を受けた人にそのまま返そうと、日本から日本のものを航空便で送ったり挨拶状などを定期的に送ったりしていました。それもいいのですが、実はそうではないことに気付かされたのは、十数年前の韓国での旅です。お説教までくらい、その時別の人に親切を返していくことの意味を知ったのでした。それが韓国スタイルなのかなんなのかは少ない体験ゆえ言い切ることはできません。ただわかっているのは、スンホさんは私に親切をすることで前に受けた親切に対してお礼を言っている、私の先へとつながっていくようにと。

その後カフェで柚子茶を飲んで少し休みました、スンホさんが『慶山コバルト鉱山の真実』の本をテーブルに置きました。約25年間の彼の記録です。短い時間に交わされた言葉に対して、考えたことを今ここで整理して書くには自分の理解力が不足しているようです。いつかふと思い出した時に、もしこの鉱山がなかったら・・・スンホさんの言葉の意味を客観的に見つめられればよいのだけれど、日帝時代の負の遺産と親日政権に関係する『日本人』としてね。

この日泊まる予定の民泊先は慶山から地下鉄で容易に行ける、大邱の東。最寄りの地下鉄駅に到着したのは午後8時過ぎでした。大邱らしいものとかスマホで駅周辺のおいしい、しかも一人で入りやすいお店を検索したり店を探す気力はまったく残っていませんでした。元々、食には無頓着。パリバケットに入りました。生クリームといちごをたっぷりはさんだクロワッサンを一つだけトングでつかみ、レジに向かいました。
かばんの中にある冊子は軽いのに内容が重すぎて、耳の奥に残る骨の音はどこまでも軽い。こんな日は甘いものを食べるのが一番です、暴力的に甘くてどうでもよいものを。

 

 

6 Comments


  1. 2018-08-17

    以前、高陽の金井窟を何度か訪れたことがあり、その関連で慶山のコバルト鉱山はずっと気になっていたところなので、続編記事が気になっていました。旅行者がふらっと訪れたくらいでは見れそうにないところをずいぶんご覧になられたようで、興味深く拝読しました。
    ここまでは入り込めないでしょうが、いずれ大邱を訪れたついでなどに、現場を見てきたいと思います。

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    1. liumeiuru
      2018-08-17

      青さん
      ご無沙汰しております。拙文ごらんいただきありがとうございます。
      カフェをおとずれたところからはじまった一日の中で、ジェットコースターのような流れにただ身を任せました。

      選鉱場のほうは山登れます。상방동 장엄사 というところを目安にされるとわかりやすいかと思います。すでに場所を特定されていましたらすみません。
      日本家屋(推定)もすぐ近くにあります。

      https://map.naver.com/?searchCoord=64eacc81471347883c47a31516d5b33ffebfdc3cbc2de805191468a88493113d&query=7IOB67Cp64%2BZ&menu=location&street=on&tab=1&lng=b4e103d5f2037ad397dc1aeed10d2345&mapMode=0&mpx=5e61a4c084379096867c127131cb1bdd485593b30ae7c0a5ab46a626331d8226abf881d378df59b3ac38804858d4e262960c03268202eb453b2b1465407b3908&lat=b3f50093d6b54a7567cb607fcd8d3f18&dlevel=12&enc=b64


      ところで、高陽の金井窟のことは初めて知りました。ありがとうございました。
      近いので訪れてみようと思います。もしかしたら記事を書くかもしれません、その際は青さんから伺った旨を書きます。
      よろしくお願い申し上げます。

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      1. 2018-08-17

        有り難うございます。慶山にはまだ行ったことがないので、参考にさせていただきます。
        金井窟については、高陽市顕忠公園と併せて私のところでいくつか記事にしていたと思います。参考になれば幸いです。

        返信
        1. りうめい
          2018-08-20

          2018-08-20
          遅まきながら拝読いたしました。大変興味深い内容でした。

          わたくしは大田の井戸、老斤里や済州島の一部、そういった現場を訪れるのみでなかなか歴史について深く考えられる知識を持ち合わせていないことに対して歯がゆいときもあります。今後ともご教示願います!

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  2. 2018-08-26

    안녕하세요 대전에 살고있는 한국인입니다.
    증약터널과 하야시 곤스케를 찾던중 우연히도 이곳에 오게됐습니다.
    여러 글들을 아주 흥미롭게 잘 읽었습니다. 좋은 글들 감사합니다.
    제가 살고있는 대전 선화동에 옛 일본식 건축물로 보이는 주택이 있어
    어떻게 판단하시는지 한번 보셨으면 합니다.
    이 동네 오래된 형태의 주택들이 많이 있습니다.
    이 선화동이라는 동네가 예전 일본식 가옥들이 많았었다고 들었습니다.


    https://www.google.com/maps/place/대전광역시+중구+선화동+동서대로1466번길+36/@36.3364899,127.4187658,3a,75y,301.26h,96.43t/data=!3m6!1e1!3m4!1sXsgsAJMHhNhQW1e28BN9xQ!2e0!7i13312!8i6656!4m5!3m4!1s0x356549223e33adcd:0x79e40396437f9bc0!8m2!3d36.3364582!4d127.4189502

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    1. liumeiuru
      2018-08-27

      안녕하세요
      블로그를 방문해주셔서 감사합니다.
      증약터널은 2년전에 가봤습니다. 하야시곤스케 글씨가 있는 그 터널 맞습니까?

      알려주신 집은 관사인 것 같기도 하네요,제가 전문가가 아니라서 확실하지 않지만 그럴 것 같습니다.
      그 집 앞의 집이 좋네요,제가 좋아하는 스타일입니다.
      이 동네도 시간 되면 탑사하고 싶네요.좋은 정보 감사합니다!

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