済州島・翰林文化遺産巡りその2


済州島・翰林文化遺産巡りその1の続きです。翰林(ハルリム)のかつては賑わったであろう通り沿いにあるお店にてヘムルカルグクス(韓国風海鮮うどん)とパジョンでランチ。その後瓮浦里(オンポリ)の元でん粉工場をリノベーションしたカフェへ。まさかそのカフェが「Anthracite COFFEE ROASTERS(アンスラサイト・コーヒーロースターズ)」の支店だとはまったく知りませんでした。本店は上水洞(サンスドン)にあり、そこは靴工場をリノベーションしたカフェで、たまに利用しています。







こちらは1951年に開業、1991年まで稼働していたそうです。ここで製造されたさつまいもでん粉は、タンミョン(主にチャプチェを作るときに使われます)の主原料となりました。この工場は1950年代にできたものですが、翰林エリアには日本統治時代に竹中軍需用缶詰工場、上村(植村?)製薬会社の甘苔(アマノリ、海藻でヨウ素が豊富)工場の跡地もあります。時間があれば訪れたいと思っています。







済州島の建物らしい石壁ですね。







中は広々。この建物かなり長い間放置されていましたが、センス良くリノベーションされています。外にいるのか中にいるのかよくわからないような雰囲気?がいいですね。お客さんのほとんどが若い女性グループかカップルでした。自然光が降り注ぎ、写真もきれいに撮れそうです。










工場で使われていた蒸気タービン原動機がそのままの状態で置いてあります。ブログの記事等を見ているとイギリスから三台輸入し稼働していたのこと。DAIYAとあるので、おそらくですが三菱重工の蒸気タービンだと思います(イギリス製の?)、機械の仕様の部分をよく見なかったのでよくわかりません。アンスラサイトでは、夏目漱石やネルーダという名前のハンドドリップコーヒーが楽しめるのでおすすめです。







カフェでゆっくり休んだあと道路を歩いていると、済州島の焼酎「漢拏山(ハルラサン)焼酎」の工場が見えてきてびっくり。なんでも古い工場は一部を残して撤去なのだそうです。つっかえ棒のようなもので抑えてある部分が保存されるとのこと、それはよかったよかった。漢拏山焼酎の創業は1950年。予約制の工場見学ツアーがおすすめです。いつか参加したいものです。







翰林港の入口近く、大林里(テリムリ)にあるイシドル飼料工場は、1964年に作られました。少し離れたところに聖イシドル牧場という牧場があり、テシフォンというかまぼこのような形をした建造物があって、その独特な外観からフォトスポットとして人気です。その飼料工場が港近くにあるのですね。海辺にサイロがあるのもとても不思議な光景なのですが、そのサイロ横に蔦の蔓に覆われたコンクリートのかたまりがあります。これは1930年代にあった水産物加工工場関係者の飲み水を溜めておくタンクなのだとか。近くに社宅があったのですね。なんとなくそうかなという建物が二軒ほどありました。なんとなく、なのでここでは省略。







面白いのは朝鮮王朝時代に造られた人口泉があることです。飼料工場、水タンク、泉。三つの時代がこうやってひとつの場所でそれぞれ静かに歴史を語ってくれています。







この泉は飛鳩湧水(ピグムル)と呼ばれ、飛揚島(ピヤンド)まで湧き上がるほど水の量が豊富で、その様子が勢いよく飛ぶ鳥のように見えるという伝説からそのように呼ばれています。独特な造形が印象的なこの泉、駐車場にするために埋め立てる予定が、保存されることになって現在に至ります。







石の塀にぽつねんと石碑が。資料によれば面長金昶宇(キム・チャンウ)紀念碑’というもので、1934年に李敏根・洪龍圭の二人が面長(町長のような)の功績を讃えて建てたのだとか。 ‘飛鳩湧泉 古源今新 開此良港 厥功不忘’と刻んであります。湧き水の出るこの場所ををコンクリートで保護し、翰林港を整備した功績を忘れないという意味だそうです。先ほど三つの時代が一つの風景にあるのだなあと申し上げましたが、正確に言えば、湧き水自体は朝鮮王朝時代からあるけれどもこの形は1930年代にできたということですね。
実際にこの場所を訪れて見ていただきたい風景です。本当に不思議。

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