天安・ところどころ その2





天安駅から徒歩で約15分、南へいくと南山(ナムサン)中央市場という大きな市場があります。そこまで向かうまでの通りは明洞(ミョンドン)と呼ばれており、ちょっとさびれた感じがあるものの、古着屋さんがたくさん並んでいて古着好きは楽しくなってくることまちがいなし。日本からの輸入ものが比較的多く、たまにヨーロッパの高級ブランドの専門店、韓国国内ブランドの中高年女性向けの店などいろいろです。センスのある若い人たちがビンテージショップを出しているソウルの広蔵市場の雰囲気とは趣が異なりますが、東廟(トンミョ)のゴチャゴチャ感が大好きだ、という方におすすめしたいです。古着通りを過ぎると食料品店がちらほらと、古い家もぽつぽつあって足をとめてしまいます。







基本的に同じ形の家が三棟以上並んでいると無条件に喜んでしまいます。こちらは修繕もしっかりとしてあって、気合の入った壁画もあります。いつ建てられた家でしょうか、気になります。










木製の窓枠の家、下見板の家もあちこちにあります。







こちらは雨戸だったのでしょうか。ただ木の板が張ってあるだけかもしれないものの。
戸袋のある家もあったりします。







南山中央市場の近くに南山という高さ50メートルの山があります。ここに1928年10月に天照大神をまつる天安神社がつくられました。このあたりの町名は社稷洞(サジットン)。南山に社稷壇(朝鮮王朝時代に国家が土地の神「社」と、穀食の神「稷」に対して祭祀をおこなった場所で、首都だった漢陽のほかに地方にも設置された祭壇)があったことに由来します。日本統治時代は南山町と呼ばれていました。







これは狛犬なのでしょうか、ヘチ(伝説上の動物、カイチ)でしょうか?







こちら龍珠亭(ヨンジュジョン)は神社のあった位置に1963年、現在の五龍洞(オリョンドン)天安中央小学校の場所にあった天安客舎(客舎は朝鮮王朝時代にあった都からの客をもてなす施設)の一部の木材を利用して建てたものだそうです。







神社だったことがわかるものがあちこちにあります。洗心と刻まれていますね。







このようなものも残っているのかとびっくりしました。







天安の日本統治時代の地図をネットで探したのですが見つからないですねえ。ただ1940年代の地積原図から、大和町、黄金町、本町、旭町、南山町、寧城町という町名があることがわかりました。







中央市場には東南アジアなお店が3、4軒あって大変興奮しました。タイやフィリピンの人が多く住んでいるからでしょうか。訪れたこの日インゲン、オクラ、スズメナス、ホムデン(紅エシャロット)やタクライ(レモングラス)、カー(タイのしょうが)などがとても新鮮な状態で並んでいてはしゃいでしまいました。インゲンとオクラを買って幸せでした。











2020年2月、このブログを書く前にムグンファ号に乗って天安へ。いろいろと歩き、地元で人気のとんかつを食べ、くるみ饅頭を買い、古着屋でかわいいスカーフも購入しました。興味深い建物にもまたたくさん出会うことができました。
2019年の夏、案内をしてくれた町あるきの師匠には感謝の気持ちでいっぱいです。

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