龍山・解放村

解放村(ヘバンチョン)の存在は、今から10年以上も前「現代語学塾」という韓国語を勉強する私塾で、映画のシナリオをテキストを使って勉強していたときに知りました。映画は兪賢穆(ユ・ヒョンモク)監督の「誤発弾(1961)」、韓国古典映画の名作です。主人公の住んでいる場所として解放村が登場するのですが、ソウルのどこにあるのかは当時全く興味がありませんでした。この山が南山(ナムサン)で、龍山(ヨンサン)に米軍基地があることを知っていたなら、映画をもっと深く楽しめたかもしれません。
十数年後に解放村がソウルの中でもお気に入りエリアの一つになって、解放村のことについて書く事になることなんてね、わからないものです。

 

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現在の解放村の様子(2012年4月)

解放村は、現在の南山3号トンネルあたりの龍山2街(ヨンサンイーガ)および厚岩洞(フアムドン)の一部分のエリアをさし、1945年の解放(終戦)後の引揚者や、朝鮮戦争後故郷を失い行き場をなくした人々が集まって暮らしたので「解放村」と呼ばれています。このエリアは日本統治時代には日本人が多く住んでいましたが、解放後の引き揚げにより木造の家が多く残されました。貧しい人々が持ち主のいない木造の家に集団で住み着き、あばら家を建てて暮らし、自然と一大スラム街ができあがりました。

 

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映画では、精神に異常をきたした寝たきりのハルモニが突然起き上がると「カジャー(行こう!)」を連発。これは北に帰ろうという意味があるとして、当時上映禁止になりました。

解放村は、映画の中で戦争の爪あとが生々しく残る暗い現実そのものとして描かれています。主人公は公認会計士として南大門近くの事務所で働いているのですが、ソウルの中心街は戦争があったことなどを忘れたかのように明るいのが対照的です。ソウルの光と影の間を行ったりきたりするうち、主人公は自分が誤発弾のようにさまよい続けるしかないことに気づいて絶望します。当時の荒廃した社会を冷徹な視線で描いたリアリズム映画として有名な「誤発弾」、なんとyoutubeで見ることができます(画面をクリックすると再生が始まります)。

 

YouTube Preview Image

 

現在の解放村は、赤レンガ色の低層住宅が南山の斜面に沿って建ち並ぶ静かな住宅街になっています。米軍基地が近いので外国人居住者が多く、2,3年くらい前からは外国人が経営する店などが集まる解放村キルというストリートもできはじめて、ちょっとしたホットスポットにもなっています。エリアガイドはこちらが詳しいので(笑)、今回のブログはイメージ中心の補充的な内容になりそうです。

 

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解放村キルの入口にあった看板。「注意、外国人保護」と書いてあります。気を付けないと外国人にぶつかりますよ!残念ながらこの看板2012年夏に行ったときにはなくなっていました。

 

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解放村キルでお気に入りの「カサブランカ」は、モロッコ風サンドイッチがおいしい店。店を切り盛りするのはベルベル人の兄弟。兄はちょっぴり江頭系のキュートな人というイメージ、弟さんは日本語ペラペラです。それと写真はありませんが、解放村キルに行ったら「Hackney」というカフェもぜひ。もうホントステキの一言。あ、あとリーズナブルな値段で牛焼肉が楽しめる「HBCコギチッ」も。

 

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パンアッカンと呼ばれる餅屋です。餅のオーダーメード承ります。今日も米を挽いて粉にし蒸しあげて餅を作る、挽けるものなら全て粉にします。

 

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新興市場入口
1945年の解放後、統治時代に花街だったところなどは新興洞と名称が変わることが多く、また、あちこちの市場や住宅街にも新興や復興といった名前がつけられました。マイナスからスタートした人々の希望がこめられていますね。

 

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解放村の新興市場は、1970年代くらいまでは買い物客で大変にぎやかだったそうです。交通の発達とともに市場は廃れていき、今では市場の半分以上の店はシャッターが閉まったまま。店の主人のほとんどが北から逃げてきた離北者と呼ばれる人々です。

 

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キムチ作りの準備をしているハルモニとその友達2、3人いることころをお邪魔したところ(ある秋の出来事です)、「よく来たね、まあ、座って」とコーヒーを入れてくれました。
この市場を撮ろうと最近カメラ持った若い人が結構来るようになった、こんなところが若い人に知られるのは嬉しい、いつまでも想うのは北の故郷、帰れなくても帰れない・・・
一人のハルモニは話すうちに気持ちが高ぶってしまったのか、涙ぐみながら私を抱きしめてごはんおごるから食べていってと言うまでに。丁重にお断りして市場を後にしました。

 

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「解放村プロジェクト」の作品より。
ソウル市立美術館の「ソウル写真フェスティバル」(2012.11.21~12.30)に展示されていた写真です。中央に見えるのが解放村教会です。
初期定住者のほとんどが北朝鮮平安北道の宣川(ソンチョン)の天主教(カトリック)信者で、彼らはまず教会を建てました。教会は解放村のランドマーク的な存在で、現在も週末になるとたくさんの人がやってきて解放村はにぎやかになります。

 

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1950~1960年にかけて作られた集団住宅。こういう長屋スタイルの家は次々とつぶされ、赤レンガの住宅に変わっていっています。玄関前にあるチェアーがおしゃれですね。ここからは南山タワーが大きく見えていいところです。雪が降る日は大変でしょうけどね・・・

 

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厚岩五差路(フアムオゴリ)にある「カフェ解放村ピンカゲ」は、ブックカフェ、ミニライブハウス(ムキムキマンマンスもライブやってました)、映画上映、勉強会、料理教室、近所の子供たちの遊び場、セミナーとなんでもありの文化スペース。左の写真は2012年4月、右はピンカゲのサイトからお借りしてきたものです。解放村が家賃も安めで交通の便もよく、街の雰囲気がよいと引っ越してくる若い人たちが最近増えていて、「ピンカゲ」はそういった人たちのアジトになっています。どういう団体かは詳しくわからないのですが、ゲストハウスをいくつか運営していたり、解放村に住む外国人の女性たちと一緒に石鹸作りやお茶会などを開いたりと精力的に活動しています。自分が10年若かったら、ここで一緒に何かやりたかったなあと、サイトを見ているとワクワクしますね、ピンカゲ。永登浦(ヨンドゥンポ)近く文来洞(ムルレドン)の鉄工場(てつこうば)エリアのような面白さが解放村にもありますね。もっともっと面白くなっていくと思います。

長くなりましたので、神社の階段は別枠で。

 


4 Comments
  1. バンアカンのトリコロール、イカしてます。
    「誤発弾」の舞台は解放村だったのですね。発見です。
    これからもブログ更新を楽しみにしています!

    • >小森さん
      パンアカンすばらしいですよね、フランス映画ですよね(笑) 色のバランスも最高。

  2. はじめまして。
    「現代語学塾」で検索していて、こちらのブログに出会いました。
    2003年春から、塾のお手伝いを始めた者です。
    もしお時間がございましたら、目白に移った教室をぜひ一度お訪ね下さいますよう。

    • 佐藤さま
      コメントありがとうございます!そして現代語学塾の検索語で拙ブログが引っかかりとても嬉しく思います。
      目白に移転されたとうかがっておりますが、いつかあそびにいけたらと思います。
      優秀で個性的なキャラを持つ方がたくさんいらして、当時は大変刺激になりましたし、韓国語を教えてくださった高柳教授は母校の先生ということもあり、今も私のことを覚えていてくださってとてもありがたいと思っています。
      これからもよろしくお願いします!

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