龍山・108階段

地下鉄4号線淑大入口(スッテイック)の3番出口を出て、道なりに進むとウリ銀行のある厚岩ロータリーに着きます。バス停が駅から少し歩くとあるので202番(青色の市内バス)バスやマウルバス(緑色の小型バス)に乗って「厚岩洞ウリ銀行前(フアムドンウリウネンアプ)」で降りてもいいでしょう。徒歩だと10分、バスだと3分くらいでしょうか。パン屋「パリバケ」が見えるので近づくと、奥に通称108階段と呼ばれる階段があります。

 

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1943年に作られた南山麓に作られた「京城護国神社」 へと続く階段で、護国神社は戦没者を祀る神社です。南山には朝鮮神宮と京城神社、合わせて3つの神社がありました。左の写真は1963年の厚岩洞の下水道工事の様子、右は2012年4月撮影。中央分離帯で二つに分かれていますが、ほぼ原型をとどめているのがわかります。

 

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「鶴ヶ丘に遺児部隊晴の昇殿参拝」と書いてあります。この階段の脇は松の木に覆われていたとこちらのブログに。1925年から1928年まで古市町、岡崎町、三坂通(現在の厚岩キル)に第1〜3次「鶴ヶ丘住宅地」を造成したという資料もありました。神社のあったエリアが古市町、岡崎町だったのでしょうか、近いうち図書館でも行って地図で確認できたらと思います。現在はびっしりとレンガ色住宅が建っていますが、以下の引用文からもわかるように厚岩洞・龍山2街あたりは、当時緑豊かな新興住宅地だったのでしょう、おそらく。

京城はサラリーマンの都市だ、だから住宅地はグングン伸びて四五年前まで田の中に蛙が鳴いていたというような所が文化住宅の赤瓦で埋まり、殊に南部、東部方面の『桑田変じて文化住宅となる』進化は著しいものがある 
内地人住宅地として全く拓らかれてしまった旭町(引用注:南大門市場のある会賢洞あたり)、大和町(引用注:忠武路、筆洞あたり)一帯はさすが漢城の昔から住みなれた土地だけに今でも新住宅地とケタ違いに評価されまず坪百円から下るところは少い、
つづいて最近全く面目を一新した三坂通、吉野町古市町、岡崎町附近は平均二十五、六円から三十五、六円でだんだんセリ上っていた地価もまずこの辺で落着きそうだ 。
悪くいへば人が住めそうな土地をみつけて投売し地ならしをしたり区劃をつけたり、道を設けたりして、気の利いた『何々ヶ丘』と銘をうちデカデカに宣伝して、―略―府内青葉町、鶴ヶ丘、金華山、舞鶴町などの文化住宅地は二十五六円から三十五、六円止りで青坡や金華山に奨忠壇の方は土地不便なところだけに二十円台のところが普通である
京城日報 1932.2.22(昭和7)

 

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高等住宅地のパンフレット。ソウル歴史博物館に展示してあります。神井台(しんせんだい)は三坂通りの住宅街だということがわかりました。ちなみに私の義妹の旦那さんは厚岩洞の日本家屋に住んでいたという方。私と会うといつも日本家屋の長所と短所、小公洞(ソウル市庁のあるらへん)にある古いおでんやの話をします。

最後に引用が長くてすみませんが、雰囲気が伝わるエッセイがあったので。

京城の秋は紺碧の空であった。どこまでも果てることのない深みを宿し、光みなぎる空であった。 鶴が丘の頂に立って西に望めば、足もとに切り立つ断崖につらなって、低地が開ける。その中ほどを南北に横断する市街路がある。密集した人家の合い間に電車が見え隠れしていた。それは南大門から京城駅まえをへて龍山と元町の方面に分かれてゆく。―略―

鶴が丘の東の斜面の中腹に我が家があった。庭の垣根にそって、れんぎょうが立ち並びきそっていた。二階の窓ごしに南山の西南部の全容が見晴らされた。左のきわに山麓ひくく、朝鮮神宮の甍がわずかに見える。そこから右手に稜線をたどって登りつめた頂上には、祝祭日にはきまって、日の丸が掲げられ、松風にはためいていた。そのずっと手まえの山裾には三坂通りの住宅が建ち並び、その一角には銀行社宅(引用注:現在、韓国銀行貨幣金融博物館になっている朝鮮銀行)の社宅があり桜並木が植えられていた。春になれば南山の松の緑に淡紅の色彩を添えていた。そのすぐ右がわに龍山中学の図書館だけが見え、そのまえが野砲部隊であった。夜ごとの消灯ラッパは、三坂地区の全域の空をとおり、哀愁の音色をつたえていた。
―白井成道「京城―自然と歴史」(『燈影』2002年7月号発表)

 

京城護国神社の位置も正確には把握できていません(涙) 朝鮮戦争後、解放村に北からやってきた初期定住者の多くがカトリック信者でした。神社のあったこの土地に教会を建て、解放村教会が解放村のランドマークになっているというのは、不思議な歴史の流れだなと思います。

 

 

4 Comments
  1. こんにちは。
    先月、訪韓したときに偶然この階段に出会いました。
    KBSドラマのロケ地を探して歩いていたらたまたま手持ちの地図に108階段と記されているのを見つけ
    たのですが、そんな歴史のある階段だとは思いませんでした。登り口には「108ハヌル階段」と書かれて
    いるアーチがあったので一応撮影しておいて良かったです。中段あたりまで登ると壁面アートとかもあって、
    神社へ続く階段だったという感じはしませんね。

    • sucさん
      KBSドラマのロケ地はどちらを探されていたのでしょうか、気になります(笑)、地図に108階段と書いてあったのですね。おっしゃるとおり、壁面アートで花などが描かれているのを私も見ました。それと登り切ったところの階段中央にはごみがいっぱい捨ててあって
      うーむーとなってしまいました。

  2. こんばんは、KBSのドラマは今 日本で放送中の「いとしのソヨン」です。ソヨンのお父さんと弟が
    住んでいる設定の屋根裏部屋(韓国では貧しさの象徴みたいで、ドラマでは定番ですね)と、
    その2人が行くサウナのロケ地の中間に108階段がありました。
    もしかしたら私のブログを見て頂いたかもしれませんが、韓国旅行の大半はロケ地巡りなんです。
    ロケ地は観光地では無い普通の場所で撮影されることが多いので、その探索を通じていろんな
    偶然の出会い(人、物、建物)を求めているという感じなのです。もちろんドラマもよく見ている
    ので、その現場に行ってみたいという気持ちもありますが… そのおかげで、地下鉄や市内、市外
    バスのルートや乗降に関する地元の方には当たり前の知識が身に付いて来て、その過程も楽しんで
    います。
    ゴミに関してはおっしゃるとおりですね、新しい立派な建物の周辺は綺麗ですが、ちょっと離れる
    とゴミだらけなんていう光景はよくあります。私の韓友もその点、日本はどこに行っても綺麗だから
    好きだ、と言っていたことを思い出しました。

  3. >sucさん
    「いとしのソヨン」に出てくる屋根裏部屋がこちらの解放村エリアなのですね!二人が向かったサウナはどこか気になりますね(笑)、ところでブログはどちらになりますでしょうか?すみません、教えていただけると嬉しいです!
    建物探訪から偶然の出会いが広がるのは旅のだいご味ですよね。

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