西大門刑務所歴史館

2回目の西大門(ソデムン)刑務所。地下鉄3号線独立門(トンニンムン)駅の4番出口を出てすぐの西大門独立公園の中にあります。初めて訪れた10年前に比べてだいぶ明るくなっていました。2010年の改修の際、だいぶマイルド(改修後の様子はこちら)にしたそうです。拷問を受ける人形、獄舎に流れる冷やりとした空気、死刑場の重苦しい印象が強くて(改修前の様子はこちら)それ以外正直印象に残っていなかったのですが、今回は建物だけを見ようと足を運びました。2013年1月、日本人だとばれて何か言われないだろうかとなんとなく身構える場所には変わりありませんでした。

 

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キム・ギドク監督映画「ブレス」の撮影地でしたね。台湾の俳優チャン・チェンの舞(っていうのかな)を思い出します。

 

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西大門刑務所は1908年10月、「京城監獄」という名前で開所した朝鮮半島ではじめての近代的刑務所です。1923年5月に「西大門刑務所」に名称が変更され、1945年の終戦後は韓国政府の管轄に。「ソウル刑務所」になって以降、1987年京畿道(キョンギド)に移転するまで使われてきました。1998年からは「西大門刑務所歴史館」として一般公開されています。
設計は四天王数馬という日本人ということになっていますが、だ、誰??ネットでは検索不可能でした。

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 正門前。左が入口、右が出口です。

 

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正門の望楼(1923年) 、こちらは赤くしないでそのままですね。

 

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保安課庁舎は、正門をくぐるとすぐ目の前にある建物です。

 

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ソウル拘置所として使われていた1960年代、建物の色が共産主義を象徴する赤だ!との理由で外壁で囲まれ、壁が白く塗られたそうです。2010年の工事で外壁工事が行なわれ、赤レンガに戻りました。
どうりで、昔と印象が異なるわけです。どうりで白っぱくれてたよなーという。

 

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刑務所と言われなければ、わからないですよね。

 

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1945年以降に作られたものでしょうか。

 

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獄舎は、刑務所が閉所されたときに残っていた15棟のうち、6棟が残っています。見上げれば看守の人形が。こういう展示用の人形を専門に製作する会社があるのですかね。みんなどこか似ています。髪質とか頭の大きさと体のバランスが微妙なもの。

 

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1950~1953年の朝鮮戦争の際、北軍から攻撃を受けたときの銃弾痕が、9棟に生々しく残っています。

 

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死刑場です。史跡に指定され、建物の保護のため中は見られないようになっています。ここ10年前来たとき、本当怖かったなあ~。おそらくこのようにきれいじゃなかったからだと思います。
詳しいレポートがこちら(復元工事の前の様子、なので怖いです)にあるのでどうぞ。床が抜けて首吊り状態で地下室に落ちる…。大島渚監督の作品「絞首刑」を一度ごらんになることをおすすめします。いろいろ考えさせられます。

 

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死刑場の裏にあるのが、死体を内緒で外に運び出すために作られた通路。屍躯門( シグムン)と呼ばれ、戦前に日本が埋めたものの、戦後に発見されたそうです。40mが復元されていますが、中には入れません。

 

 

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収容された囚人の強制労働の一つにレンガ作りがあったそうです。レンガには京城の「京」の字が入っていて、刑務内にびっしりと敷き詰めてあります。今でも韓国では京城はタブーとされていますが、「京仁線」「京釜高速道路」など路線名や道路名には残っています。
西大門刑務所、重い歴史を学べるのはもちろんですが、純粋に建物を味うのもいいのではないかと。


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