みんなで回ろう!貞洞一周

“みんなで回ろう、貞洞一周”は、文化遺産ナショナルトラストという団体が主催しているウォーキングツアーです。毎週土・日曜日午後1時30分から約2時間のコースで、ボランティアの解説案内士と一緒に貞洞の主要な近代遺産を見てまわります。事前予約なしで参加OK、貞洞劇場入口が待ち合わせ場所となっていて、入口には看板が立っています。案内コースの内容は日によって変動がありますが、以下のとおり。   ○貞洞劇場(集合)→旧ロシア公使館→梨花女子高校シムスンホール→貞洞教会→培材学堂東館→旧大法院庁舎(現ソウル市立美術館)→徳寿宮ロータリー→救世軍中央会館→徳寿宮璿源殿(ソンウォンジョン)→重明殿(解散)   念のため事前に予約を入れておきたい方は以下の連絡先へ。入手はしていませんが、案内地図もあるようです。 nt_heritage@hanmail.net / 02-732-7524(文化遺産ナショナルトラスト事務局)

 

今回案内してくださった解説士は、毎週土曜日には宗廟(チョンミョ)でボランティアをされている方でした。途中から私が日本人だとわかると詳しく説明してあげるよ!と熱が入ってしまい、2時間の案内の予定が3時間になってしまって他の人に申し訳なかったです。正直説明の表現に不快感を持つところが多々ありましたが、これが現実だと受け止めなくてはなあと思いました、はあ。   ・旧ロシア公使館 1890年に慶雲宮(現在の徳寿宮)の敷地内にルネサンス様式で建てられたレンガ造りの建物で、設計者はロシア人サバティンと言われています。現在は静かな公園の中に塔が残るのみですが、建物は5千坪もの大規模だものだったといいます。日本勢力から身を守るために朝鮮第26代の王高宗(コジョン)がこの場に隠れて1年間政治を行ったという歴史的にも大変重要な場所でもあります。     ・梨花女子高校シムスンホール(登録文化財第3号) シムスンホールは1915年に建てられ、1922年に増築されました。梨花女高の中で一番古い建物で、現在は梨花女高の歴史を紹介する博物館になっています。明るい赤レンガの壁にからし色の窓枠がアクセントになっています。途中の庭に井戸があり、「柳寛順が洗濯した井戸」という案内板が。確かに彼女はここで学びはしましたが、ちょっと大げさだな、と解説士も苦笑い。  

 

 

  ・培材(ベジェ)学堂東館 韓国初の西洋式近代教育機関として、1885年アメリカ系メソジスト宣教師のヘンリー・ゲルハルト・アペンゼラー(Henry Gerhart Appenzeller/1858~1902)によって設立されました。「優秀な人材を育て学ぶ家」という意味の培材学堂は、朝鮮王朝第26代王の高宗(コジョン)によって名付けられました。東館は1916年に建てられたもので、 現在は博物館になっており、韓国の近代教育の歴史がわかるようになっています。 博物館のサイトはこちら  

  樹齢565年?加藤清正が馬をつなぐために釘を打った木  

  ところで学堂にはひょろひょろとしたヒャンナム(イブキ)の木があります。長さは約17m、1972年にソウルの保護樹に指定され、ソウルで20番目に古い木なのだとか。この木にまつわるエピソードとしては、この学校の学生だった詩人の金素雲(キム・ソウン)がお気に入りの木で、木の下に寝そべって思索にふけったというものがあります。もう一つは加藤清正が朝鮮出兵で都入りした際、釘を打って馬の綱をつないだというもの。木の成長と共に釘の位置は高くなり、今では見上げるようにしないと見えません。ネットで調べてみると韓国国内にある古木にはついて回るエピソードの一つでした(笑)。   ・旧大法院庁舎 現在の建物は1928年に京城裁判所として建てられたもので、3つの法院(裁判所のこと)が作られました。戦後は大韓民国大法院庁舎として使用され、そのためかトルダムキルを恋人同士で歩くと別れるというジンクスが生まれたそうです。2004年にはリモデリング、ソウル市立美術館本館として現在に至ります。入口の3つのアーチとその上にある4つのアーチ窓がとっても印象的。ゴシック様式の重厚な造りが特徴です。  

  ・救世軍中央会館 徳寿宮脇にひっそりと建つ救世軍中央会館は1928年に竣工、入口の4本の石柱が印象的な赤レンガの建物です。救世軍はイギリスのメソジスト教会牧師が作ったキリスト教の一派で、1908年から韓国で布教活動を始めました。貧しい人々の救済、軍服のような格好に当時の人々は苦しい生活から解放してくれる正義の味方に見えたようで、急激に信者が増えたそうです。  

 

  ・京城中央放送局跡地(現徳寿小学校) 1926年11月朝鮮総督府により設立された韓国初の放送局が京城放送局で、1935年に京城放送局と改称されました。現在のKBS(韓国放送公社)の前身です。徳寿小学校の中に記念碑があります。長い鉄塔があったのが当時の写真はがきから確認することができます。  

 

    ・重明殿(チュンミョンジョン) 1905年、この場所で第二次日韓協約(韓国では強制的に結ばされた屈辱的なという意味で乙巳勒約と呼ばれています)が結ばれ、大韓帝国が事実上大日本帝国の保護国となった歴史の現場です。高宗(コジョン・朝鮮王朝の第26代王)がここからハーグへ密使を送りました。建物は1897年、現在の貞洞劇場の裏側に皇室図書館として竣工されたあと、徳寿宮火災時には高宗が住んでいたこともあります。2010年にリモデリングが完了して現在一般公開されています。くわしい説明はソウルナビのこちら

 

 

3時間の充実したウォーキングツアーが終わりました!外国人向けのウォーキンツアーができたら嬉しいかも。2012年5月27日から29日には、文化遺産への理解を深めてもらおうというコンセプトで「近代文化遺産のメッカ、貞洞の再発見―大韓帝国への時間旅行」という文化イベントが行われました。普段なかなか見られないような貞洞の近代文化遺産の限定公開や、スタンプラリー、貞洞が舞台になった小説家のトークショー、近代建築での音楽コンサートやライブ、無声映画の弁士と演奏付きの上映会など盛りだくさんだったそう。このあたり一帯は散歩をするのにぴったりのスポットで、個人的には今一番お気に入りです!

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