清涼里・588、復興住宅など

清涼里(チョンニャンニ)。発音難しいこちらのエリアはソウルの東部に位置し、韓国東部江原道(カンウォンド)への玄関口である国鉄があって人々の出入りが多いところです。2010年に清涼里国鉄駅がリニューアルされ立派になりました。ずっと行こう行こうと思って、実に8年ぶりに清涼里を訪れました。2002年には慶煕大(キョンヒデ)駅近くに住んでいたので、なじみのあるエリアです。

 

P1214052

 

ロッテデパートの入ったいわゆる駅ビルも大きくて広く、駅前のバスターミナルも整備され、ずいぶんとクリーンで明るい雰囲気に包まれていて驚きました。

 

P1214053

 

少女時代のソヒョンちゃんもニコニコでお出迎え。けれどもちょっと駅ビルの裏へと続く路地を進むと…

 

P1214054

 

「青少年通行禁止区域 東大門区庁長」

 

P1214055

 

置屋が並んでいます。韓国のいたるところに存在し、清涼里の588(オーパルパル)と呼ばれるエリアは規模が大きく、ピンクのネオンが淫靡に輝く大歓楽街でした。今もひっそりと営業は続けているようですが、かつてのにぎわいはありません。2004年に性売買特別法が制定され、駅周辺ということもあって再開発を名目に置屋街はどんどん潰されていっています。
2002年、夜9時ごろ友人とよりによって模範タクシーで大人の社会見学に出かけたときは、ピンクネオンにくらくらしました。白や黄色、赤の水着プラスロングパンツ姿のコリアンビューティ、窓越しに悪態をつかれたのもいい思い出。すぐ近くの青果市場に止めてあったトラックにはにんにくが山積み。韓国ってすごいなと思った瞬間でした。ソウル裏観光ではマストな場所であります。女性にはこういうの苦手な方多いので、置屋をファンタジーに描いたこちらの映画をおすすめします。

 

P1214068

 

小屋の中には数名のコリアンビューティ、スマホを見つめて顔はよく見えませんでした。背中のだぶつく肉に生活感を感じさせるビューティ、ブラの位置を整えるビューティ、お肌のがさつきが目立つビューティ。昼下がり、どこからかテンジャンクッの匂いが漂ってきました。置屋の裏には小さな炊事スペースや美容スペース、雑貨屋があってアジュンマ(おばちゃん)たちがゆるい空気の中で働いていました。彼女たちの人生についてしばし考えます、きっとビューティたちの先輩なのかもしれない。

開店休業、思わずこっそり椅子にすわってしまいました、不法侵入、すみません。それにしても自分には似合わない椅子だよなあと我ながら少し反省。女を武器にがっつりと働くビューティの実態は、こちらに詳しいレポートがあります。

 

P1214058

 

人通りはほとんどありません。まあ昼ですしね。

 

P1214063

 

駅裏は更地になっていました。何が建つのかな。

 

P1214059

 

魚市場や青果市場はおそらくこの新しく整備された市場へと移動するのでしょうね。

 

P1214062

 

在来市場を抜け、迷路のような超密集住宅街をうわー、うおーっと独り言をつぶやきながら典濃洞(チョンノンドン)を散歩しました。

 

P1214064

 

この一列にずーっと続くコンクリートの建物、すごく気になりますね。80年代の多世帯建物とのこと。韓国ではよく見かけますが、日本にもあるのかしら。

 

P1214065

 

典濃洞(チョンノンドン)の通称旅人宿(ヨインスッ)通りと呼ばれる、こちらも70,80年代な香り漂うエリア。 旅人宿の看板が並ぶとどことなくフォトジェニックになります。

 

20130418_113439

 

清涼情報高校の近くにあります。正確な位置は…すいません、ちょっと忘れてしまいました。

 

P1214066

 

ちょっとこわい猫の絵を探して歩くのも楽しいかも。いっぱいありました。

 

20130417_173042

 

お次は、清涼里の市場を抜けてひたすら北上、復興住宅へと向かいました。今地図見て気が付いたのですが、高麗大駅から歩いたほうが近い!それでも結構歩いていい運動になりました。永徽園(ヨンヒウォン)・崇仁園(スンインウォン)という朝鮮王宮縁の地の向かい側に、ずらーっと古い住宅が連なっています。ここは1955年、1957年に建てられた連立住宅。朝鮮戦争後、避難民のソウル集中による深刻な住宅不足の解消を目的に建てられたので、復興住宅と呼ばれています。ソウル市供給の市営住宅と、大韓住宅公社の前身である大韓住宅営団による営団住宅の二つに分かれています。ところで大韓住宅営団のさらに前身は、日本にならってに1941年に設立された朝鮮住宅営団です。朝鮮住宅営団による供給住宅で、今でも残っているのが永登浦(ヨンドゥンポ)近くの文来洞(ムルレドン)の連立住宅です。

 

2013021513595282173_2

 

写真は清涼里復興住宅を上から見た図(新聞・アジア経済より)です。再開発問題ってあるのでしょうか、気になります。

 

P1214070

 

一棟に四世帯が市営、二世帯が営団で営団住宅はピーナッツ住宅とも呼ばれました。同じ間取りが殻の中にあるピーナッツを連想させるため。

 

20130418_125128

 

建設当時の住宅の図

 
P1214072 P1214077
 

住民による増改築で初期の姿はとどめていません。家と家の間がチョッパン村よりも狭いところも。住環境は正直よくないかもしれません。それでもあたりは住む人々の生活のにおいが漂い、こどもたちの笑い声が響き、どこかしらほっとするような雰囲気に包まれています。

 

 

P1214071

 

後ろには高層アパート。

 

P1214075

 

帰り際見つけたいい感じに古いマンション。この重ね具合にぐっときてパチリ。

 

P1214074

 

とその隣にあったいい三角物件。
爽やかな清涼里の歩き方は、韓国観光情報サイトのコネストの特集にあります。よろしければ古建築散歩と合わせていかがでしょうか?


image清渓川文化館にて4月25日〜7月21日まで特別展「清涼里」が開かれるそうですよ!


2 Comments
  1. 清涼里588もずいぶんと規模が小さくなりましたね。
    ここを通るとアガシからオッパ~と声をかけられたものです。

    • ヨギチョギ韓国さん

      コメントありがとうございます!
      そうですねえ、一応営業しているようですが(ワタクシは昼にのみ通ることができますが)、だいぶさみしくなりましたね。
      2002年、ピンクと白(のビキニとロングスカート)が思い出され、女は帰れ!とののしられたのは遠い昔です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です