西大門・金華師範アパート

 地下鉄5号線西大門(ソデムン)駅、2・5号線忠正路(チュンジョンノ)駅。市庁(シチョン)から、学生街の梨大(イデ)や新村(シンチョン)に向かう途中にある地味なエリアという印象がありますが、ソウルの近代建築散歩するなら外せないところです。西大門刑務所独立門鍾路・路地探検コース7でもご紹介した日本統治時代の建物など歴史建造物はもちろん、古い日本家屋や改良韓屋もあり、見応えのある古アパートも集まっています。 今回から数回に分けてそんな古いアパートを紹介していこうと思います。  

P2184189 

金華(クムファ)師範アパート(1969) 場所はこちら 1969年、ブルドーザーこと第14代ソウル市長金玄玉(キム・ヒョンオク)が、朝鮮戦争後増え続けるソウルの人口と不良住宅問題を解消するために、3年間で9万人入居を目指す市営団地造成プロジェクトを発表しました。金華師範アパートは、第一号として竣工した記念碑的アパートです。 現在は災害危険施設E級(最も危険)に指定された2棟が残るのみです。

  P2184187

 

人が住んでいるそうですが、今にもガラガラと崩れ落ちそうです。突出した階段の踊り場のデザインがなかなか強いインパクトを与えています。

    simin01  

在りし日の姿。    

 

simin04 

A、B地区合わせて最盛期には130棟あったという金華師範アパート。こちらは1969年3月の全景写真です。手前の密集した改良韓屋、アパートの向こうに広がる不良住宅との対比がなんとも言えません。

 

  simin02 

竣工式には朴正煕大統領も出席。中央、ちょっと右上を向いている人物が大統領。市民アパート竣工は国家的慶事だったということがわかります。

  P2184203

 

駅からマウルバス(小さな巡回バス)に乗って行けるらしいのですが、あえて階段で。仁昌小・中学校、京畿大学に沿った急な階段を選択したことに後悔し始めるころ、不気味なコンクリートの塊が目の前に現れます。 海抜200メートルの地に佇むアパート(4棟)は、まちの巨大な記念碑、今は墓標といっても過言ではないかも。 ブルドーザー市長の市民アパートプロジェクトにより、1969年に建てられた406棟の市民アパートはすべて高台にありました。『青瓦台(チョンファデ)からもよく見えるように、市民アパートは高台に』と市長が言ったとか。山の斜面や山の頂などに十分な調査もないまま建てられたのは、山のスラム街を潰すことが主な目的だったため。やはりということでしょうか、1970年に市民アパートの臥牛(ワウ)アパート崩壊事故が起こり、市長は責任をとって辞職しました。  

 

 

P2184194

 

ちょっと坂を下るとあるもう一棟(3棟)は、例によって水色に塗られています。古くなると水色(もしくはコリアンミントグリーン)に塗るのはなぜなのかしら。  

 

P2184199 

中に入ることはできますが、危ないので自己責任で。私は物好きなことにクリスマスイブに時間ができたもので雪の降る中、思わず屋上まで登ったのですが、生きた心地がしなかったです。山の上の6階建てなのでとにかく高いのです。普通のマンションならどうってことないでしょうが、何しろ今にも崩れそうな古い建物。クラクラします。夜に来るともっとこわくて不気味という情報を、コリアステーションの小森アレクサンドルさんからいただいております。

 

P2184192 

見下ろす景色が半端なく高いです。この風景が日常とは。目の前の家屋は例によって壁画プロジェクトでかわいく絵付けされています。  

 

simin03 

チョン・ジェホ氏による金華師範アパートをモチーフにした作品、タイトルは「冷泉洞記念碑」です。(サイトNEOLOOKより)   

 

※2015年8月、崩壊の危険があるということで撤去が決定しました。

 

P1011847

 

2016年2月、ようやく撤去後の姿を見てきました。ああ、なくなったんだなあ。

 

P1011842

 

アパートがあった場所はフェンスで囲まれており、中に入ることはできません。空き地が思ったより小さく、どーんと建っていた建物を思い出し…

P1011843

 

見える景色もだいぶ変わりました。着々と工事が進められている阿峴(アヒョン)洞の高層アパート群が景色のメインになっていました。

 

 


2 Comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です