仁川・富平線

ソウルと仁川(インチョン)をつなぐ地下鉄1号線と仁川地下鉄1号線の二路線が交わる富平(プピョン)駅。その駅から富平線と呼ばれる軍用線がのびています。
正式名称は第三軍需支援司令部線。約2.8キロの線路が住宅地と軍施設の間にあるのですが、月に1、2度車両が通るくらいで、ほとんど放置路線といってもよいでしょう。

 

20130515_155034

 

コネスト地図より。線路の左側が軍施設になっています。もともとここには1938年に作られた日本陸軍の造兵廠(銃や砲弾などを作る軍需工場)がありましたが、1945年以降は米軍部隊が駐留。1970年代ソウルの龍山(ヨンサン)への移転に伴い、土地は韓国政府へ返還されました。韓国の軍施設として使用されていますが、現在基地としてほとんど機能していないそうです。

 

P2124147

 

線路のまわりを整備して線路公園を作る、線路を地下化するなどの計画があるそうですが、進捗状況はどうなっているのか気になるところです。軍施設内に日本陸軍時代の建物とか残ってたりするのかなあ。

 

P2124139

 

線路にそって桜並木が続くところがあります。すぐ隣にアパートがあるからでしょうか。アパートの建つ土地も元は基地でした。
訪れたのは雪が残る2月8日。機能していない軍施設、ほとんど使われていない線路、並ぶアパート。それだけでもおなかがいっぱいな風景なのですが、桜が咲いたときはもっとイイ絵になるのだろうなと思いました。
今年の春に行けなかったのが残念でなりません。美しい写真(ちょっと不思議なピント合わせ具合ですが)はこちら

 

 

P2124141

 

ここで菜園はできませんと知らせる案内。油や重金属による土壌汚染が確認されたので、とあります。 韓国各地にある在韓米軍基地とその周辺の環境汚染は深刻な問題となっています。日本でもいろいろ問題になっているのですね、知りませんでした。

 

P2124140

 

トコトコトコ、お犬が通る。

 

P2124136

 

線路をつたってアパートとは反対方向に進むと、とおせんぼの門が。以前ソウルの九老(クロ)エリアにある線路を歩きましたが、そこはソウルにもこんなところが!と驚くほど緑の多いのどかなところでした。今回の線路は、ごくごく平凡なまちの中に忘れられたように、静かに横たわっています。
富平は1938年の日本陸軍による軍需工場ができて以降、大規模な工場が並ぶ工業団地が形成され、そういった工場で働く人々の社宅も作られました。かつての日本ディーゼル自動車工業富平工場の社宅エリアは、今もジージェル社宅(ディーゼル社宅のこと)という地名で残っています。
 

20130515_220006

 

写真はこちらのブログから。今はモーテルや飲食店の多い富平洞341番地あたり、昔は軍需工場建設に関わった日本人経営の多田組(現・多田建設)の労働者住居密集地だったところで、今もタダグミと呼ばれています。70年代から私娼街として知られていたようです。
工場と社宅、地名。そのあたりの関連性にもとても興味があります。正直富平、平凡(?)なところに統治時代の跡があるのかと驚いています。
 

1964年ソウルの九老エリアが輸出工業団地として選ばれると、仁川も富平への工業団地誘致を積極的に行いました。はじめはあまりうまくいかなったようですが、1968年頃から軌道に乗り、70年代末には105もの工場誘致に成功しました。その後1980年代から大規模なアパート造成が始まり、人口流動による周辺地域への工場移転が相次ぐ中、1992年の約1060の工場数をピークにその数は減っていきました。かつての活気はなくなってはいますが、海外からの外国人労働者が富平に多く流入して外国人街になりつつあります。
 

富平駅をおりると、その外国人の多さにびっくりします。しかも国籍がよくわからないという…浅黒い肌の濃い方たちが多め。旧正月前でしたのでホントに外国人ばかりでした。
それと地下商店街のにぎわいもかなり独特です。韓国の町田の雰囲気を味わいたいならぜひ富平へ!ってわざわざ行く人いない??

 

 

Share

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です