大田・木尺市場

アンドルのある木尺4キルをしばらく歩くと、古い高級住宅とともに古い個人商店がいくつもならんでいるのが見えてきます。この一帯は、木尺市場(モッチョクシジャン)と呼ばれる在来市場なのですが、現在はぽつぽつと個人商店が店を開けているくらいで、全体的な雰囲気は日本のシャッター商店街のような感じです。

 

P5304878

 

“大田で一番の繁華街だった木尺市場”“あるときは肩がふれるほど人が多い”という表現をブログで見つけましたがが、いつぐらいのことを指しているのでしょう。ある論文には、木尺市場の1950年代の日本家屋群という言葉が出てきます。そもそも日本人が多く住んでいたのか、日本風家屋がたまたま建てられたのかはわかりませんでした。あるときに大変にぎやかだったということは確かなようです。

 

P5304882

 

若い人たちが個人商店のオーナーにプレゼントしたかわいらしい看板。

 

P1030494

 

洗濯屋さん

 

P5304898

 

おそらく公設市場だったのかなあと思われる建物があります。再開発のためにすべての店主が立ち退いたのでしょうか、中はがらんどう。

 

P5304896

 

カビと鼻につくアンモニア臭で急いで外に出ました。ソウルの梧柳市場(オリュウシジャン)と同じタイプのアーケード商店街です。1950~60年代かな??

 

P1030493

 

すぐ近くにはこんな木造の家や、

 

P1030492

 

ソウルの敦義洞(トンイドン)にあるチョッパン村にも引けを取らないほど極狭の間隔で建っている木造建築群。すぐ近くには統治時代の高級住宅があるというのに。この木尺市場の成り立ちがとても気になります。

 

쓸~1_1~1

 

さて、こちらの木尺市場、隔週の土曜日に若い子たちが集まってダッチフリーマーケット(英語表記でDODGE FLEA MARKET)という、ソウルの弘大(ホンデ)で行われるような自分の手作り雑貨やオリジナルアート作品、古着などを販売するフリーマーケットが開かれています。2010年6月、何名かのアーティストが大田でアートマーケットを定着させようと始まったのがきっかけで、はじめは大田市西部の新都市エリアに位置する屯山洞(トゥンサンドン)のタイムズスクエアで開かれていました。2011年10月に現在の木尺市場へと場所が変わり、2013年からは大田アートフリーマーケットとも呼ばれるように。時代が巡り巡って市場が市場の機能をこういった形で復活するなんて面白いですね。フリーマーケットの様子はこちらなどをご覧ください。

フェイスブックページ(韓国語)でお知らせを確認することもできます。日本統治時代、戦後復興の面影とインディだましい(?)のコラボは、韓国の各地で少しずつ広がっているのかもしれません。古くてナイスなものが知らず知らず若い人の好奇心を刺激するのかな?

次回大田に訪れる機会があれば、フリーマーケットものぞいてみたいと思います。

 

大田といえばとんがり屋根の文化住宅(再開発のために撤去され、別の地に移築予定)と、市の郊外に韓洋建築の宣教師宅があるくらいの知識しか持っていませんでした。アンドル訪問のために大田のことを調べ、大田にはたくさんの統治時代の遺構や朝鮮戦争の傷跡がまちのあちこちに残っていることを知りました。

忠南道庁の学芸員さんに“で、あなたは何が目的で大田の近代建築や遺構に興味を持ってるのですか”とシンプルに聞かれたとき、“え、ただそこにそれがあるから”なぞと答えるのはちょっとという雰囲気がありました。まあ私は研究者でもなんでもないのですが…

韓国人三人、私日本人。日本人の私がいることで、やっぱ微妙な空気感が漂ってしまうのですね、。日本人の前でこういうのもアレなんですが…と言葉を一生懸命選んでいる学芸員Aさんが印象的でした。日本人から見たもの感じたことを共有するのも必要だと思うのですよ、私が韓国人のみなさんと見て回っているようにね。

…長々と失礼しました。

 

最後に大田に関してのナイス記事

私がリスペクトするソウル・西村ご在住のロバート氏のブログより、Daejeon: Korea’s Railway Town

アレクサンドル小森氏の大田春日町の遊郭に関する2011年1月の忠清トゥデイほか

韓国大田にての大田の昔

 

 



 

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です