京マークの蓋・その2

地下鉄4号線の淑大入口(スッテイック)、もしくは南営(ナミョン)駅近くに位置する南山のふもとの町厚岩洞(フアムドン)。
昔同じ趣味友と坂を登ってこのあたりを散歩したのがもう10年も前かと感慨にふけります。銀色に光る高いビルが次々と建っていて、町の風景がものすごいスピードで変わっていくようでめまいがするほど。

このあたりは戦前日本人が多く住んでいたエリア。公設市場の雰囲気がそのまま残る厚岩市場や、かつて三坂通りと呼ばれた現・厚岩路(フアムノ)周辺に当時の名残がかろうじて残っています。

 

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南山タワーをのぞむ。

 

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いかにもというたたずまいの厚岩市場。気がついたらなくなっているかもしれませんね。話によると道路拡張で半分ほどが壊されて現在に至るそうです。

 

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このあたりでは、とんがり屋根のメルヘンチックな洋風家屋をあちこちで見ることができます。和洋折衷の家屋は1920、30年代に厚岩洞に多く建てられました。この写真の家の主人は、まったく家を手放す気がないとのこと。青いぶどうの実が大きくなっていました。

 

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厚岩路を一本入ってゆるやかな坂を登っていくと、左側に落ち着いた雰囲気のヴィラが見えてきました。ここが剛の家と呼ばれるゲストハウスが入ってる建物かーと、庭らしきところに進みそのオーナーが家宝としているマンホールのふたをさがしました。
家の奥は夏草が生い茂る小さなスペースのみ。あれ?あれ?どこなんだ!と剛の家のオーナーにあせって電話。すると、長渕剛の大ファンなので剛と名乗るオーナー登場。京城のマンホールのふたを見たくて来ました!というと…

「それそれ、今踏んでるやつね!(笑)」
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マンホールのふたがあった場所、現在の様子。剛の家前の坂道にあった京城マンホールのふたは、道路の舗装の際撤去される運命にありました。服部さんというガイドブックの編集者が剛の家に宿泊し、剛さんと飲んだ帰りたまたま見つけたと言います。
詳細は剛の家のサイトでどうぞ。

 

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剛さんは他の二つの場所を案内してくれました。本当感謝です。

「マンホールのふたはねえ、人に踏まれれば踏まれるほど保存状態がよいものなんですねえ、でね、このふたは小さいんですけど保存状態がとにかくいい、ふたのまわりの石部分もとっても貴重だと思うんですよね~、だから家にあるのも石ごともってきたんです。で、このマンホールは、舗装した道路にあるでしょ、ちょっとやそっとじゃなくならないと思うんですけど、いつもここ通るたびによかったあ、今日もあったってほっとするんです。でもね、本音はね、もうこれ家にそのまま持ち帰りたい(笑)、ある日突然なくなってたら困るから、そうなる前に家に持って帰りたい、毎日確認するわけにもいかないし(笑)、それと一回取り出してみて厚みも確認したい、家にあるの本当にぶあついんですよ。」

 

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ちょうど取り壊し工事が行われていた家の前にあるマンホールのふた。このふたは人が踏むところにないので、このような状態に。かろうじて京マークを確認できます。
「もしかすると、工事のついでに撤去されるかも、保存状態よくないのでまあこれはなくなってもいいかな、という感じです。」

 

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ついでに厚岩市場を案内してくれる剛さん。電源100Vというのが古さを語ってますよねーといいながら、つぎつぎとお店の人とあいさつをしていきます。さすが地元っこ。

 

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「ただ、古いものが好きなんですよ、マンホールのふたマニアっていうわけでもないですし。1945年と少なく見ても70年近くの前のものじゃないですか。価値あるものは残すべきだと思います、それだけ。」
とさらりといった剛さんの言葉が一番印象に残りました。剛さんのように韓国、日本の両方の文化や状況を自分なりに理解して、とってもシンプルに意見を述べるって簡単なようで難しい。
古いものが好き。それで私もただそれで行こうかと。

マンホールのふたの詳しい位置は内緒。ヒントは旧三坂通りです。興味のある方はぜひさがしてみてください。剛さんは、まだあるかもとマンホールのふたに気をつけながら歩いてるそうですよ。

 

 

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