小鹿島・旧小鹿島更生園

小鹿島(ソロット)更生園神社を見に行ってみたいと長らく思っていました。韓国で登録文化財第71号として保存されており、韓国に残る唯一の神社です。ソウルだけでなく地方に、神社へと続く階段や、手水鉢や鳥居だったと思われる石などの遺物はちょこちょこと散らばっていますが、神社はなんといっても民族精神抹殺システムでしたので解放後は徹底的に破壊されました。

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写真は文化財庁より。小鹿島更生園神社は、全羅南道(チョルラナムド)高興郡(コフングン)の小鹿島という小さな島にあります。日本統治時代、当時の日本の法律に基づいて強制隔離されたハンセン病患者の治療所「小鹿島更生園」が設置された孤島でした。現在は、橋もかかりアクセスも大変便利に。国立小鹿島病院というハンセン病患者のための施設が運営され、約900名が暮らしています。島は訪問客がメインではありますが、観光地ではありませんと断りを入れつつも、観光地として意外に人が多く訪れています。

 

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案内看板。ここは観光地ではなく島全体が病院でありハンセン病患者の生活空間であること、9時から夕方5時までに用事を済ませること、ハンセン病患者関連の事故が起きた場合は訪問客に責任があること、禁煙厳守などと書いてあります。

 

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愁嘆場と呼ばれた松並木。ここはハンセン病患者の両親と、未感染の子供たちが向かい合って面会する場所でした。日本でのハンセン病患者に対する当時の差別もひどいものでしたが、小鹿島でも非人道的なことが横行していました。ハンセン病患者の断種、堕胎、子どもたちの隔離、脱走を試みた患者への制裁、いうことを聞かない患者の監禁等々。

この松並木の横に整備された歩道があるので、そこを歩きます。旧更生園までは約1.6キロほど。ちょうどガイドさんが十数名のツアー客を連れていたので、私もこっそりついて説明を聞きながら目的地へ向かいました。話によれば現在は神社は見ることができないとのこと。え~それは知らなかった!そして食糧倉庫も一般の立ち入りは制限されているとのこと。

 

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1916年、朝鮮総督府の命で島民を追い出して作られたのが小鹿島慈恵医院。1934年に更生園に改称されました。島の歴史はあまりにも重く、私が日本人だってわかったら、こりゃ場の雰囲気もかなり悪くするだろうなあと思いながらずんずん歩いていきます。しかしガイドさんの説明は大変ニュートラルな感じで好感が持てました。おだやかな内海、韓国の田舎の美しい風景を見ながら、話に耳を傾けます。日本の小さな島の風景そのもの、どこまでも似ていることに驚きながら。写真左奥には、更生園時代の古い建物がかたまって見えます。そこは一般立ち入り制限されています。学校や教会などがあるみたいですね。

 

 

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監禁室。1935年築、H型で5つの部屋があります。人権蹂躙の場として負の遺産、登録文化財第67号に指定。園長には、患者懲戒検束権という患者を投獄できるようにした絶対権限があり、いろいろな理由でこの監禁室に入れたそうです。日本でも1938年、群馬県栗生楽泉園に特別病室という名の牢獄が設置され、全国から対象患者が送り込まれたといいます。

 

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不当に監禁された患者たちの、嘆きの落書きなどがそのまま残っています。

 

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検死室。こちらも1935年に建てられ、登録文化財第66号指定。監禁室に入れられた患者の断種手術や、死亡患者の検死が行われた場所です。

 

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なんだか西大門刑務所を思い出してしまうな…

 

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検死台、断種手術台、その他洗浄施設がそのまま残っています。がらんとした小部屋の中の空気はどこか冷たいですね。

 

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敷地内には赤レンガの平屋が何棟かあり、そのうちの2、3棟は資料館となっています。ハンセン病患者の生活用品、療養所で使われていた治療器具などが展示され、またハンセン病とはどんな病気かを紹介したパネル展示もあります。

 

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赤レンガの平屋建物群をさらに奥に進むと中央公園に出ます。半島で患者サポートに尽力したキリスト教関係者の碑などがあります。救癩塔の下部分には、ハンセン病は治る、とかいてあります。

 

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こちらは、1945年8月22日に起きた84名の患者虐殺事件の慰霊碑です。1945年8月15日、日本の無条件降伏で島内の日本人職員が撤退した後、病院の運営をめぐって医師チームと看護チームら職員、患者の意見が対立して起きた事件です。患者は支配者だった日本人がいなくなったのだから、ここに住む患者が自治権を行使すべきと主張しました。総督府が島民を追い出し作った病院、日本の降伏と共に誰の所有でもなくなってしまった島。はたして病院は医師や看護士たちのものとなるべきものだったのでしょうか。1945年以降、各地で起きていた混乱の一つなのでしょう。

 

外務省、韓国・台湾のハンセン病療養所入所者に対する補償金に関するお知らせ

韓国でのハンセン病の歴史が詳細にのっているサイト

小鹿島内の登録文化財

 

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ここ おすすめです!とは決して言えないところです。ソウルからのアクセスも大変ですし。けれども個人的にずっと来たかった場所なので、大変有意義な時間を過ごしました。この島にまつわるお話は山のようにあるのでしょうが、今回はここまでとしますね。興味持ち始めるときりがない~。

 

 

 

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12 Comments
  1. こんにちは。りうめい様の知識と行動力、すごいですね。記事を読むたびに感服しています。ところで小鹿島で亡くなった友人のお墓参りに行くという知人の運転手としてぼくも一泊で小鹿島に行ってきました。三回目です。今回、りうめいさんのブログで見た神社のことを思い出し伝道師さんに場所を伺ってみました。入り口で守衛室(?)のあるところで左に曲がるとりうめいさんの記事にある建物や公園のあるところに至りますね。そこで反対の右側に曲がって200~300メートルほど行くとありました。円仏教の施設の隣です。説明板には毎月1日15日と患者同士が結婚するときには強制的に参拝させられたとありました。木造かと思ったらセメントでペンキが塗ってありました。もし次回おいでになる機会がありましたら、ご覧下さい。

  2. >eowjsさん

    小鹿島3回目、というのはもう素晴らしいの一言です!そして神社って行けるのですか??ああ、もっとつっこむべきでした!公園とはハンセン病は治るの記念碑があったところですね?ああーー。
    もしかして食糧庫も行けたりするのかしら・・・また行く機会があったらよいですね。

    そして神社はセメント製のペンキですか。これも実際見た方の貴重なコメントですね。
    きれいになってしまったのが残念と言えば残念です。
    患者同士の結婚に強制的参拝させるとは、本当にきついものがありますね・・・

    知識と行動力、なんてとんでもないです。自分の力不足を常に感じておりますが、こうしてeowjsさんのような方と意見交換ができることに感謝してます!

  3. こんにちは。りうめい様の旺盛な知的好奇心と他の追随を許さない行動力と該博な知識、そしてそれをまとめるセンスは本当にすごいと思います。ぼくは勉強不足で古い建築のこともハンセン病のことも小鹿島のこともよく知りません。にもかかわらずたまたまその島に行ったからと知ったかぶりのコメント残してすみませんでした。

    「韓国古建築散歩」の一人のファンとしてこれからもりうめい様の記事を楽しみにしてます。

  4. eowjsさん
    コメントありがとうございます。このようなコメントいただけるとブログ、がんばろう!と思います。
    最強の知ったかぶりが自分のサイトだからとやりたいようにやっております。(苦笑)一か月に4記事くらいがせいいっぱいですが、eowjsさんにご覧になっていただけるだけでもありがたいです。

    >入り口で守衛室(?)のあるところで左に曲がるとりうめいさんの記事にある建物や公園のあるところに至りますね

    こちら失礼、勘違いしていました。そうですね駐車場のある最初の入口のことでしたね。右側に確かに道がありました。そっちだったのですね!次はぜひぜひそっちへいってみます!韓国での神社って特別な意味がありますしね・・・

  5. 管理者admin様
    はじめまして、東京在住の会社員です。

    今、東京都東村山市にある多磨全生園の一般向けの公開講座でハンセン病の歴史等を学んでいます。その中で韓国の小鹿島のこと知りました。

    一度訪問したいと思いますが、こういう施設の性格上交通機関の不便は想像できます、日本から個人レベルで訪問する手立て(主に交通アクセス情報)は何かあるでしょうか?別の方のブログ等の紹介でも構いません。なお当方ハングル語の知識はありません。

    • はじめまして。コメントありがとうございます。
      ハンセン病の歴史などを学んでいらっしゃるのですね。

      小鹿島へは公共交通機関を使ってソウルから行かれる場合という仮定で、
      ■高速バス
      ソウル~鹿洞(ノットン)バスターミナル(高速バスターミナル、一日5回、約6時間所要)
      ターミナルからタクシーで国立小鹿島病院まで約10分

      ソウル高速バスターミナル
      http://www.konest.com/contents/traffic_info_detail.html?id=2814
      ※便数は2016.9月現在のものです。

      時間等は観光通訳案内電話1330等でご確認されることをおすすめします。日本語対応です。チケット購入やタクシー乗車で困ったときに電話をすれば通訳もしてくれます(韓国で携帯電話が使えるという前提ですが)。私もよく利用します。http://japanese.visitkorea.or.kr/jpn/AKR/AK_JPN_5_1.jsp

      ほかにKTX(新幹線のような鉄道)で光州(クァンジュ)や順天(スンチョン)まで行き、そこから市外バスに乗るという方法がありますがハードルは高いと思います。非常に遠いので1泊2日の旅程で行かれることをおすすめします。

      • 管理者様

        こんにちは

        複数のルートならびに日本語ホットラインまで、早速のご提示、有難うございます。

        韓国に行ったのは過去2回、ほぼソウルだけですが、何とかなると思っています。

        東欧への一人旅が好きで、英語も通じない、文字もキリル文字、といった環境に置かれても、人に聞けばなんとかなりました。こういう交渉も旅の重要な構成要素かなと思っています。

        ご提示のルートに従い、往きは高速バスを使い、帰りは光州に寄ってこようかと思っています。光州も1980年光州事件(民衆蜂起VS.軍部の鎮圧)の起こった都市で韓国現代史の重大事件として以前から興味を持っていました。

        今年は無理なので、交通アクセスだけでなく小鹿島のことを十分調べて、来年訪問したいと思っています。

        有難うございました。

  6. 私は2003年から2007年迄
    主人の仕事の都合で韓国に住まわせて貰っていました
    その時、日本人会に入りボランティアの部門でハンセン病患者さんに送るガーゼたたみをした事があります
    今、その時はこのような話を詳しく知りませんでした
    申し訳ない気持ちでこの写真を見させていただきました
    リウメイ様の写真,コメントを楽しく悲しく辛い気持ちを様々に抱きながら拝見しています
    長興に行く機会があり調べていたらリウメイ様のサイトをみつけとても嬉しかったです
    私達が知らない事を身体に気を付けて教えてくださいな
    応援しています

    • 黒澤さん

      コメントありがとうございました。活動されていたのは“霜月会”のことでしょうか?ガーゼをたたむ活動もしたと聞いたことがありましたが、
      小鹿島のみなさん向けのものだったのですね。はじめて知りました。
      おりしも、韓国では小鹿島でハンセン病患者さんを支えた看護士の女性二人を中心にしたドキュメンタリー映画が、今月に公開されました。
      タイムリーだったので、コメントをいただき大変驚きました。

      これからも拙サイトをよろしくお願いいたします。

  7. 霜月会は私の前の年度位で終わり私達は日本人会の婦人部のボランティアで引き継いだ形です
    霜月会が幅広く活動されていた事は聞いています
    私も勉強不足で映画化された事は全く知りませんでしたが何か見えない物が動いている感じですね
    韓国のイテウォンとサンカクチが交わる辺りの道路側の家も「日本の昔の裏庭に似ている」と思う場所もあったりしました
    様々に歴史が残されているのですね
    楽しく懐かしく拝見させて頂き有り難うございます

  8. この記事を拝見して、連休中に小鹿島を訪問してきました。詳しくはFBにアップしております。それ以外にも、こちらのサイトを参考にあちこち歩き、今は光州に泊まっています。ありがとうございます。

    • 岩鼻さん
      小鹿島への旅、お疲れ様でした!FBはわたしは見ることができるのでしょうか?
      光州での旅もすてきなものになりますように。
      かなり日射しが強いので、お気をつけ下さいませ!

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