羅州・旧黒住猪太郎住宅

1897年、栄山江(ヨンサンガン)の河口にある木浦(モッポ)が開港すると、羅州(ナジュ)平野には多くの日本人が進出していきました。栄山江を物流のルートとして開拓しながら内陸へと進み、栄山浦に大きな日本人町ができたことは、以前の記事でも紹介しました。羅州平野に大きな可能性を見出した日本人のうち、広い土地を買収して大地主となる者も現れました。彼らは、栄山江開発委員会なるものを組織し、土地を開墾し、堤防を作って洪水を防止しました。短期間で農地を整備することで、その土地の支配者となっていきました。

 

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近代歴史通りと呼ばれる通りから少し離れたところに、羅州最大の日本人地主黒住猪太郎(くろずみいたろう)住宅があります。

1935年に建てられた黒住猪太郎住宅。すべての建築資材を日本から持ち込んで建てられたと言われています。現在、栄山浦歴史記念館として(浦口ステイというゲストハウスのような施設にするというニュースもありました)整備が進められていて、だいぶきれいに復元されています。

 

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復元前の様子はこちらのニュースブログより。

 

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写真はこちらのブログより。

 

黒住猪太郎は、1873年生まれで岡山県の出身。1894年に同志社大学普通科を卒業、渡鮮前の1903年には、岡山県議員にも選出された地方の有力者でもありました。自分の力を新しい土地で試したかったのか、はたまた大田テジョン)の白石鉄次郎のように日本にいられない理由があってからなのかはわかりませんが、1905年5月に木浦に到着、羅州に着くとすぐに農地買収を始めました。荒れた土地を肥沃の土地に改良することで所有地を広げ、1930年には1098町歩、約100ヘクタールにもなりました(東京ディズニーランドとディズニーシーを足したほどの広さ、その例えでもあまりよくわからないですね。苦笑)。

地方行政に強い関心を持っていた黒住猪太郎は、企業家として様々な活動をしました。

1906年に栄山浦郵便所長に任命された後、1918年に朝鮮縄入(米俵など穀物用藁製品)株式会社社長、1919年に栄山浦運輸倉庫会社専務、1925年朝鮮電気株式会社社長、栄山浦学校組合管理者などなど枚挙にいとまがありません。

1945年以降、彼がどうなったのかを追うことはむずかしいですのですが、家は一時は孤児院として使われていたという記録も。2008年羅州市が買い取るまでは、あるお婆さんが一人暮らしをしていたとのことです。

1993年、羅州市は鳥取県倉吉市と姉妹都市になりました。ほぼ同緯度で気候も似ており、特産品が梨ということからだそうです。黒住猪太郎住宅の改修工事には、倉吉市も協力。私が訪れたときにも、瓦などの資材に日本語の商品名が書いてあり驚いたのですが、復元にも日本製を使っているというこだわりようです。

 

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建物は一階建て、正面向かって左側は洋小屋、その右側に和風の平屋がくっついている、和洋折衷の建物です。洋風部分と和風部分にそれぞれ玄関があるのですが、洋風の方は開けたら、靴置き場があってスリッパに履き替えていたのかと思われます。和風部分には渡り廊下があったので、そこと行き来していたかもしれませんね。

 

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玄関のガラス戸からのぞいた様子。

 

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和風部分の玄関口。タイルが張ってあってモダンな印象です。

 

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ガラス戸が連続する一番右側からのぞいた様子。渡り廊下部分ですね。冬は寒くなかったのだろうかとこういう廊下を見るたびにそう思います。韓国の南側に位置するとはいえ、寒いと思うのです。

 

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家の脇にあった倉庫前には、唐辛子が干してありました。倉庫の持ち主は誰なのでしょうか、気になります。

 

 



  

5 Comments
  1. はじめまして。「韓国古建築散歩」のブログを拝見いたしました。
    私は「よこはま洋館付き住宅を考える会」の成谷美加と申します。私どもの会で、来る8月30日に、韓国の建築史研究家である金容範さんによる「韓国における洋館付き住宅から学ぶ・日本と韓国の住文化の融合」という講演会を開催することになりました。
    広報を担当しているので、事前に韓国の住宅について画像検索したところ、貴ブログを発見、しかも羅州・旧黒住猪太郎住宅というのが洋館付き住宅であることを知り、とても驚いています!とても美しく気品あるブログで、発見したこと自体を嬉しいです。

    現在、私たちの会のホームページと、Facebookに講演会のおしらせを掲載しています。ぜひごらんになってください。
    http://yyjk.jpn.com/event.html

    ソウルにおすまいとのことですが、講師の金容範氏の了解をえて講演会開催の報告させていただきました。

    Facebookから貴ブログへリンクさせていただいてもよろしいでしょうか。

    どうぞよろしくお願い申し上げます。

    • >成谷様

      コメントいただきありがとうございます。偶然にも私は横浜出身で大学卒業まで横浜に住んでおりましたので、このような講演会が
      横浜で開かれることを大変嬉しく思います。興味深い内容ですね、30日に横浜に飛んでいきたいくらいです、大げさですみません。

      ブログ中の写真(ネットからの引用でないもの)は、必要ありましたらぜひお使いください。
      リンクもありがとうございます。少しでも多くの方に拙ブログを読んでいただけたら嬉しいです。
      金容範氏のお名前のみですが存じております。会の発展をお祈りいたします。

      ありがとうございました。

      • ありがとうございます!
        早速、Facebookの「よこはま洋館付き住宅を考える会」に写真を掲載させていただき、また、リンクさせていただきました!ご確認ください。横浜のご出身ということでご縁を感じます。日本人は韓国へ持ち込むほど洋館付き住宅が好きだったことがわかり、驚きです!これからも楽しみに読ませていただきます。

  2. こんにちは。
    私の母は栄山浦生まれです。
    引き上げ後は日本全国に散らばった栄山浦に住んでいた方達で「栄山浦会」が組織されていて、
    年に一度同窓会のようなことをずっとやってました。昨年か一昨年、高齢化にともない解散したと言っていました。
    随分前に行ったことがありますが、ぜひ再訪したいものです。

    • きょうこさん

      コメントいただきありがとうございます。お母様が栄山浦生まれなのですね。「栄山浦会」の解散はさびしいニュースですね。
      実際に住んでいらした方のお話を聞く機会も少なくなっていますよね、こちらでもあの時代を覚えている年配の方とお話する機会も
      激減しました。
      栄山浦もいろいろと整備されているようです。

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