セラディン・サバティン

1883年、済物浦(チェムルポ、現在の仁川のこと)に一人のロシア人建築家が上陸しました。名前はイワノビッチ・セラディン・サバティン(1860~1921)。
大韓帝国の宮廷建築家として活躍し、独立門(トンニンムン)、徳寿宮の石造殿(ソクチョジョン)や静観軒(チョングァンホン)、貞洞にあったロシア公使館やソンタクホテル、鍾路のタプコル(パコダ)公園、仁川の済物浦倶楽部など韓国でさまざまな洋風建築、公園、記念物の造成に関わった西洋人です。ドイツ人の外交官パウル・ゲオルク・フォン・メレンドルフとともに朝鮮にやってきて、日露戦争が勃発したため1905年に国を追われるまでの間、華々しい活躍をしました。サバティンの研究は韓国国内ではあまりすすんでいないため謎が多いのですが、2009年のある学会で、二人のロシア人教授によって「朝鮮国王陛下の建築家サバティン」という論文が発表されました。

 

20131202_153923

 

写真はこちらのサイトより。論文によるとサバティンは正確にはウクライナ出身で、ポーランド・ドイツ・イタリア・スイスなど様々な国の血をひいている人物なのだそうです。正規の建築学教育は受けず、海洋講習所というところで勉強しました。メレンドルフの朝鮮における最初の任務は、済物浦に税関を作ることでした。そこで抜擢されたのが、23歳のサバティンだったのです。

 

mllendorffb

 

韓服で正装したメレンドルフ。19世紀後半に朝鮮の国王である高宗の顧問となり、政府に対して大きな影響力を持っていました。ロシア帝国と朝鮮で同盟を組むことを唱えたとして清から目をつけられ、李鴻章から罷免を要求され朝鮮を離れています。

 

20131202_160940

 

写真はこちらのサイトより(今回の記事は、このブログのページ「サバティンの生」という記事を元に作成しています)。写真中央右側に済物浦海関とあり、その左は韓国で最初のホテルといわれる大仏(テブル)ホテルがあります。税関は計4回建てられており、サバティンの設計した建物が初代と言われています。(現存せず)

 

1098129_image2_1

 

写真はこちらより。次の仕事は、済物浦に初めて進出した欧米系の世昌洋行という商社の寄宿舎です。はじめはハンブルクからやってきた3名のドイツ人のために建てられたものだそうです。世昌洋行は、朝鮮人参や地金を輸出し、綿や鉄器、印刷機などを輸入して莫大な利益を上げ、上海や日本の神戸にも支店があったそうです。この寄宿舎は万国公園のある丘の上に建てられました、現在の自由公園のマッカーサー銅像の立っている場所です。(現存せず)

 

001

 

写真はこちらのサイトより。1890年末の済物浦の様子です。真ん中の少年は水兵さん?

 

510291afd6aae2e69ec5fa24bfc53c50

 

ロシア公使館は1885年に設計、1890年に竣工しました。1950年の朝鮮戦争により大部分が破壊され、現在は塔の部分と地下の一部のみが残っています。ロシア公使館関連の写真は、こちらに豊富にあります。それにしても朝鮮戦争での破壊っぷりと、戦後に建った不良住宅の村がすごいですね。明成皇后(ミンビのことですね)が殺害されると、高宗はこの公使館に逃れてここで約1年間暮らしました。露館播遷、韓国では俄館播遷と言われる政治的事件の舞台です。

 

manguk

 

1888年には仁川の現在の自由公園、万国公園造成にもサバティンは活躍しました。応峰山(ウンボンサン)の中腹に初の西洋式公園が作られました。当時は各国の租界地域だったので、はじめは万国公園、後に各国公園と呼ばれました。写真の右側は先ほどの世昌洋行寄宿舎、写真中央はジョンストン別荘です。日本統治時代は、日本人の間では西公園と呼ばれていたそうです。

 

1910

 

仁川の近代に詳しい歯医者さんのブログより。月尾島(ウォルミド)から見た万国公園。1903年に建てられたというジョンストン別荘、はんぱない大きさです。
ちなみにジェームス・ジョンストンはドイツ系で、上海の港湾工事で大もうけをして朝鮮に進出した人物なのだそうです。婿が世昌洋行の経営に関わっていた人物と当時はそれはそれは羽振りのいい生活をしていたと思われます。

同じ年にサバティンは仁川の租界を測量し、大朝鮮仁川濟物浦各國組界地地圖という地図を完成させ、ソウルではタプコル公園(現在のパコダ公園)の設計も請負い、1897年に完成を見ました。1893年に王宮の観文閣(クァンムンガク)の施工工事を請け負いましたが、朝鮮政府の官吏らと工事をめぐって対立し、数年間葛藤の末帰国も考えました。しかし帰国費用がなくそのまま朝鮮にとどまり、再び仁川の海関(税関)で仕事をするようになりました。高宗はサバティンの仕事ぶりを買っていたので、再び彼を呼び寄せ、今度は王宮内の警護職につくよう命令し、王宮入りをしました。

さて、1895年、この年にサバティンは大変な歴史的事件の現場に居合わせていたということで、建築家としてよりは、歴史の目撃者として知られるようになりました。1895年10月8日に起きた乙未事変と呼ばれる閔妃殺害事件です。事件当時はサバティンは警護隊の一員として景福宮内にいたことになっていますが、事件自体の完全な解明が現在もなされていないこと、サバティンの手記としてロシアのある研究所から発表されたものがどれほどの信憑性があるのか証明されていない(と私は思う)ので、ここでは簡単に紹介するにとどめます。

王宮での警護職から離れたサバティンは、海関には戻らず、王宮にもつかず完全なフリーランスとして仕事を始めました。

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

1896~1897年の独立門
>ドイツ公使館のスイス人技師が設計したという説も、と以前書きましたが、これはサバティンのことをさしているという見方がされています。

 

cp0709b00114_001_460

 

1896年のホームリンガー洋行仁川支店
長崎に本店を置き、下関、大連、釜山、仁川に支店を持ったイギリス系商社ホームリンガー洋行は、1896年に仁川に進出。小麦粉や砂糖、洋服の生地などの販売で利益を上げ、1903年からは精米業にもビジネスを広げました。(現存せず)

 

P3050812

 

1900年の重明殿(チュンミョンジョン)
貞洞(チョンドン)のトルダムキルを歩いていくと、え、こんなところに!という場所にあります。正確に言うと、1897年に皇室図書室として竣工し、火災のため1901年に再建されました。

 

P3050784

 

1900年着工、1910年に完成した徳寿宮内の西洋建築である石造殿。3階建てで、3階には大韓帝国の皇帝と皇后の寝室、リビングルーム、浴室などがありました。サバティンは日露戦争勃発後、国を負われてしまいましたので途中で宮内技師の沈宜錫(シム・イソク)、日本人小川陽吉(台湾総督府技師だった人のようです)、イギリス人ハーディングの監督にかわりました。

 

P3050768

 

サバティン、1900年にいい仕事をたくさんしていますね。徳寿宮内の静観軒は、韓洋折衷建築の傑作です。

 

cp0709b23001_001_460

 

1901年、仁川の自由公園近くにある済物浦倶楽部です。仁川に住んでいた各国租界の外国人実力者たちが、1891年に親睦交流を深めるために社交クラブをつくり、その拠点として建てられたのがこの建物です。ビリヤードコーナーやラウンジバーコーナー、ミーティングコーナーなどがあり、現在は済物浦倶楽部と名前そのままで文化スペースになっています。当時の様子をそのまま再現したコーナーや、仁川の近代建築のミニチュアの展示などを見ることができます。

 

sontag_hotel3_yukaislim

 

1902年にできたソンタクホテルは、ソウルで初めて建てられた西洋ホテルです。(現存せず)貞洞に位置し、伊藤博文も泊まり、原敬や寺内毅らもここで晩餐のひと時をすごしています。フランス系ドイツ人のソンタク婦人は、駐韓ロシア公使のベベルとともにやってきて王宮での洋食給仕を担当することになりました。1895年に高宗から土地をもらい、私邸を建てましたが1902年にホテルを建てて西洋式のおもてなしを高官らに提供したといいます。
日本語でソンタクホテルとググると、十数年前の私が書いた記事が出てきます。今はソンタクホテルの研究本も出版されていますが、当時の調査力の弱さがまんま出ていますね(恥)。

 

sontag_hotel6_yukaislim

 

ホテル内部の様子。1918年に閉館。その後は梨花学堂の寄宿舎として使用され、1923年にはサバティン設計のホテルは完全に撤去されてしまいました。

1904年に日露戦争が起きロシア人は国外追放の憂き目に遭い、サバティンも例外ではありませんでした。その後ロシアのウラジオストックで暮らしたということですが、その後彼の行方を知るものがおらず謎に包まれています。

狩りが好きで、泳ぎとテニスが得意、自然を愛する人だったそうです。子どもは一男四女。子孫は現在アメリカにいるそうです。

現存する建物がほとんどありませんが、いつか跡も含めて改めてサバティンの仕事ぶりを確認するべく建築散歩をしてみたいと思います。

 

※韓国古建築散歩、12月はこの記事をもってお休みします。いろいろな不具合も直しながら1月の中旬ごろ復活予定です。皆様今後ともよろしくお願いします!

 

Share

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です