青坡洞・お化け屋敷1

地下鉄4号線ソウル駅から一つ目の淑大入口(スッテイック)駅。ソウル駅から龍山(ヨンサン)駅へと向かう途中にあり、日本人が多く住んでいた龍山エリアに入り、古い建物が結構残っています。青い丘という意味を持つ青坡(チョンパ)洞は、京城の時代は青葉町と呼ばれていました。

青葉町1~3丁目まであり、現在はそのまま青坡(チョンパ)1~3洞となっています。

 

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最近龍山エリアをたくさん歩いているイェソンさん、彼女のブログ「青坡洞を覚えているか」を見て、私が反応したのはこの廃屋。さっそく場所を教えてもらっていってきました。

 

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再開発がばんばん進み次々とこのような家は姿を消していますが、ここまで朽ちに朽ちて放置されているのも珍しいのではないでしょうか。ソウルではなかなかお目にかかりません。この家のいいのは、素晴らしい文化住宅だったのではという点。玄関のポーチ、屋根の形、ひし形の通風孔。今は黄色いテープで囲まれて、災害危険施設E級(最も危険)に指定されています。これは西大門の金華アパートと同じ危険度です。お化け屋敷というよりは、もうただの木の集まりといいますかオブジェ?

 

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おそらくこの家の最後の主人であったと思われる朴某氏は、英語関連の仕事をここでしていたと推測されます。家の外回りにはやや電波がかった(失礼)コピー文といいますか、英語教室の宣伝文句や標語のようなものが英語で書いてあり、屋敷の怪しさが増幅している感じです。門扉には朴ファミリーという差出人の手紙がささったまま。カリフォルニアからの手紙でした。

「Walk fast Work best」

耳が痛いといいますか、遅筆な自分にはぐっときますね。

 

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裏手に回ってみました。この絵を見てまず思い浮かんだのがドリフコントのセットです。オープンになっているではありませんか。

 

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どれくらいの時がたっているのでしょうか?2階のベッドが気になります。

 

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壁にかかったミリタリージャケツの主は?比較的新しいカレンダーはいつの?この生活感、住んでいて家が倒壊の危険があるので主人は去ったのか、それとも主人がいなくなって倒壊したのか。

小学校の頃(30年くらい前ですね)、どの町にもあったであろう洋館テイストの空き家。私の住んでいた町の場合はレナちゃんのおうちでした。小学校3年生くらいのとき、お金持ちのレナちゃんはお父さんの会社が倒産して夜逃げ。夜逃げという言葉がまだわからない年頃でした。赤いとんがり屋根のおうちは、割れたガラス戸から出入りができてヤンキーのたまり場にもなっていましたが、お化け屋敷として小学生に恐れられ、朽ちていく洋館を横目に友だちの家に遊びに行ったものです。

お化け屋敷と同じ通りに家のあった金井君は、卵アレルギーだったな…ときはまだ昭和、アレルギーへの理解不足で給食の時間に無理やり卵とじをたべさせるひどい先生だった…そんなことをこの家を見ながら思い出しました。

 

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立派なおうちです。一番最初、どんな人が住んでいたのでしょう。日本人?いろいろなストーリーを妄想してその場を後にしました。暖かくなったら植物が覆うのでしょうか、そのころにはまだあるでしょうか。ネイバーのストリートビューでは在りし日の姿が見られますね。2010、2012年の様子をぜひ確認されてみてください。

ところで青坡洞、大韓天理教本部や統一教会本教会など宗教関連が集まっているのが気になります。統一教会本教会は立派な日本家屋だったようです。時間があるときに調べたら面白いかなとおもっています。

 

たぶんこのあたり



  

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