仁川・旧済物浦倶楽部

仁川(インチョン)にこのあいだ久しぶりに行ってきました。韓国初の西洋ホテルと言われている大仏(テブル)ホテル跡や、日本統治時代の倉庫をリノベーションしてオープンした近代文学館などを見て回り、その後向かったのは自由公園近くにある旧済物浦(チェムルポ)倶楽部。このブログで何度か出てきたロシア人建築家セラディン・サバティン設計で、1901年に建てられた西洋式の建物です。こぢんまりとしていますが、洗練された雰囲気がただよっていて個人的にとても好きな建物の一つです。

 

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現在は市民文化センターのような施設として使われているため、このようなお知らせの横断幕が。ちょっと外観が残念(中の展示内容もちょっと微妙…ブツブツ)。建物は2階建てですが、山の斜面に沿って建っていて正確には半地下と1階です。1913年までドイツ・英国・ロシア・アメリカ・清国(中国)など済物浦(仁川のこと)に住む外国人有力者の社交場として作られました。社交クラブ自体は1891年に発足、初期は西洋人6名、中国人4名、日本人24名で構成されていました。建物の横にはテニスコートもあったそうです。

 

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入口は現在の位置とはことなっています。正面中央の両サイドはストライプになっていますね。

 

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文化コンテンツドットコムより 。リモデリング前の入口の様子がわかります。建物はのちに「精芳閣」と呼ばれる日本軍の在郷軍人会館になり、会員は120名前後いたそうです。1934年には日本婦人会館としても使われさまざまな文化イベントが行なわれたとのこと。1945年以降はいちじき米軍将校らの集まる空間にもなっていました。

 

 

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現在入口は、2007年のリモデリングの際にこの位置へ。リモデリング前の様子がこちらにありました。ところで記事中の写真、すぐ隣にある日本家屋っぽいのはなんでしょう?

 

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中に入るとまず目を引くのがこのバーカウンター。

 

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ここでウィスキーでも注文を…と行きたいところですがあくまでも展示の一部。

 


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会議室のような雰囲気ですね。この社交室でいろいろな国の人たちが談義にふけったのでしょう。日増しに勢力を増す日本をどう牽制するか?なんてことを…。壁のモニターには、当時仁川で勢力のあった外国人らの説明映像が映し出されています。

 


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館内には仁川にある、もしくは存在した近代建築のペーパークラフトや世界の記念品が展示してあります。ペーパークラフトはまだいいとして、高級感ある落ち着いた雰囲気の中に、B級テイストな記念品(お土産屋さんのような)がディスプレイされているのは正直興ざめです。
建物の使われ方が中途半端になっているのが本当に残念。

 


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カーテンはちょっと疲れ気味のような。カーテンを一新するのも費用がかかりそうですね。

 

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思い切ってレストランバーにしてしまうほうがいいのではないかな?けれどもどんな形であれ、このように仁川の人々に愛され,大事に保存されているのですから。

 

 

  

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