狎鴎亭・現代アパート

1968年1月、北朝鮮の特殊部隊による青瓦台(チョンワデ、韓国大統領府)への襲撃未遂事件が発生しました。武力衝突により北朝鮮側は29人が死亡、1人が捕虜に、韓国側は民間人も含めて68人が死亡しました。
この事件をきっかけに朴正煕大統領は、北朝鮮の侵入を防ぐべくソウルの要塞化をすすめます。

 



 

同じ年ソウル北部の北岳山(プガクサン)の稜線に沿って続く約10kmの観光道路である北岳スカイウェイが開通し、

 


 
南山トンネルも元々はそういった目的で造られたトンネルだそうで。
1号トンネルは1970年8月15日、2号トンネルは7月8日に開通しました。

1970年に建てられた弘恩洞(ホンウンドン)のユジン商街なども防御施設を兼ねたものとして知られています。

ソウル市立大学建築学教授パク・チョルス先生の『居住博物誌』は、韓国の近代住宅史を豊富な資料と詳しい説明で解説した良書です。

『ソウルの要塞化と、闘いながら建設しよう』という節で、漢江沿いに建てられた狎鴎亭のアパートに銃眼(敵の様子をうかがったり銃で射撃したりするため、防壁などに作った小さな穴)のことを知ってびっくりしました(先生の講義で聞いて、本で確認)。

 


 

狎鴎亭現代アパートは1975年着工、1976年完工。14次アパートまであるのですね。新現代も含めて82棟(元は83棟)、5679世帯という大規模な民間高級アパートです。
 
 
41号棟の銃眼。脇の階段6階部分にありました。

 


 

本の中で〝有事のときにこの場所が使われるというのは信じがたいものの〟とあります。
使うことはおそらくないかもしれませんが、こういった場所があるというのは大変興味深いです。
 
 
帰りに見上げた煙突、給水塔?
狎鴎亭にもソウル現代の歴史がこうやって溶け込んでいるものなのだなあと思った次第です。