東部二村洞

マンションタイプの大型集合住宅が集まるエリア、東部二村洞。在留邦人が多く住み、日本関係のお店が比較的多いことから、「リトルトーキョー」とも呼ばれています。ところで、東部二村洞の東部はどこの東部を指しているのでしょうか?答えはソウル駅から龍山の北端交差点までのびる漢江大路(ハンガンデロ)。この道路を基準に東側の二村1洞を東部二村洞、西側の二村2洞を西部二村洞と呼ぶようになり、一般化したそうです。今回は東部二村洞についてのお話になります。

■広大な砂州、度重なる水害

漢江沿岸の二村洞一帯は、昔は広大な砂州でした。大雨が降ると漢江の流れが変わり、島になってしまった部分に住んでいた人々が、龍山側へと避難しました。そのため避難先の土地が移村洞(イチョンドン)と呼ばれていましたが、何度かの行政区画変更を経て1914年に京城府(当時のソウル)二村洞となりました。地図(写真1)を見ると、広い砂州に道が集まっている部分があります。日本統治時代以前に自然発生したと思われる集落で、調べると砂川、新村、新草里とあります。新草里は現在のノドゥル島(漢江大橋の下にあり、元は1917年に作られた人工島。1995年までは中之島と和風の名前で呼ばれていました)あたりにありました。度重なる水害対策として、1920年から京元線および京釜線線路の一部に沿って新龍山防水提工事が進められていましたが、1925年に四度にわたる大洪水(乙丑年大洪水)が発生。龍山、麻浦、永登浦など漢江沿岸は甚大な被害を受けました。この大洪水で新龍山防水提の外側にあった二村洞は、あっという間にすべてが流されてしまったといいます。 大洪水後、1927年から1938年まで本格的に漢江の堤防工事が進められ、人々は洪水の被害を免れるようになりました。



■韓国のマンションの歴史そのものの町

砂州として地図に表記されていた東部二村洞に大きな変化が訪れたのは、1960年代後半のことです。1960年から1980年の間に大きく経済発展を遂げた韓国では、朴正煕大統領の在任する1960年前半から1970年はじめにかけて、全国で様々な経済発展計画が実行されました。中でも、急激な人口集中により多くの都市問題を抱えていたソウルの開発および整備は重要課題のひとつでした。1966年、ソウル市長に就任した金玄玉(キム・ヒョンオク)は、ソウルの交通網の整備、都心部の再開発、漢江開発事業を意欲的に進めました。1966年9月に発表された“漢江開発三ヵ年計画”は、ソウル市内の漢江沿岸を9つのエリアに分け、漢江の沿岸に都市高速道路を建設するというものでした。道路建設に伴う漢江の治水工事、公有水面(公共の用に供する水流・水面で、国に所属するもの)埋立事業は東部二村洞エリアから始まりました。1968年11月に着工、漢江から290万㎥の土砂を使って埋め立て、1969年6月に完成しました。
埋立地の面積は約12万2千坪、道路・堤防敷地を除いた約9万坪の宅地が韓国水資源公社(現在はK-WATERという愛称で親しまれています)帰属となり、その後陸地側の宅地を公務員年金基金が買収、公務員アパート(1969年)が34棟建てられました。漢江側は大韓住宅公社が買収して漢江マンション(1971年)23棟、その西側に外国人アパート(1970年)18棟が建てられました(ソウル市変遷委員会「漢江の昨日と今日」、2001年)。なお、韓国ではマンションのことをアパートと呼ぶのが一般的です。

 



東部二村洞のマンション村はソウルにおけるマンションブームの先駆け的存在となりました。特に漢江マンションは、韓国初の中産階級向け高級マンションとして韓国のマンション史を語る上で外せない存在です。モデルルームを分譲前に作って広告を出したのも漢江マンションが初めてで、モデルルーム公開時には国務総理(大統領を補佐する機関・役職)までかけつけたそうです。一階に店舗が並び、その上に住居というスタイルも今は見慣れたものですが、当時は大変めずらしいものでした。1970年代後半から1980年にかけて漢江マンション、外国人アパート、そし新東亜アパート(1983年)などに日本人駐在員とその家族が住むようになっていきました。1995年には公務員アパート地区の再開発が行われ、ハンガラムアパートが建てられました。



なお、漢江マンションは28号棟をのぞく住民の85%の同意を得てようやく建て替えが決まり、現在の5階建てから、最高で35階建てのマンションが17棟建つ計画です。それに合わせて道路側の店舗もリニューアルする予定となっているそうです。近くの三益アパートも建て替えが決まっています。東部二村洞は西氷庫路をはさんでシティーパーク、パークタワー、ザイアパートができて久しく、龍山駅前開発に伴い新たなタワーマンションも建てられました。そう大きくはないエリアに新旧様々なマンションがあるというのは、個人的に大変興味を覚えます。


二村総合市場

ハンガラムアパートと新龍山小学校の間にある二村総合市場は、1967年にオープンした地元密着型の在来市場です。公務員アパート造成ととも整備された市場なので、かつては公務員市場と呼ばれていました。現在は鮮魚・精肉・惣菜・衣類などの販売店が90ほど集まっています。周辺は3、4階建てのビルが並んでおり、飲食店や不動産、美容院などが軒を連ねています。



小さなお店が連なる二村総合市場周辺。「ベジェラネコピクレス(ベ・ジェランのコーヒークラス」は、コーヒーを通したコミュニケーションの場を作りたいとべ・ジェランさんが開いたお店です。漢南洞にも支店があり、ロースティング講座やハンドドリップセミナーも開いていてたくさんの人が学んでいるといいます。二村店は落ち着いた店内でハンドドリップコーヒーやサイフォンコーヒーが楽しめます。おすすめは生クリームたっぷりのビエンナコーヒー。



済州島のご当地グルメのひとつであるコギグクス(豚骨スープそうめん)。ソウルで食べられるのは大変めずらしいのですが、城北洞(ソンブットン)に本店のある「城北洞オルレグクス」の二村店が二村総合市場近くにあります。こぢんまりとした店内、注文が入ってからそうめんをゆでるので少し時間がかかるそうです。コクのある豚骨スープは意外にさっぱり。豚肉とそうめんは済州島から取り寄せているとのこと。



終わりに
ソウル中心部や江南(カンナム)方面への交通の便もよく、再開発によるタワーマンション建設ラッシュで、再び注目を集めている東部二村洞。60年代後半にできた(韓国ではオールドタウンの部類に入ると言っても過言ではない)静かなマンション街が今後どんな変化を見せるのでしょうか。

<お店情報>

■べジェラネコピクレス(배재란의커피클래스)
住所:ソウル市 龍山区 二村洞301-27
서울시 용산구 이촌동 301-27
電話番号:02-790-3369

■城北洞オルレグクス二村店(성북동올레국수이촌점)
ソウル市 龍山区二村洞 301-152
서울시 용산구 이촌동 301-152
電話番号:02-797-1974