益山・旧益沃水利組合事務所と倉庫

益沃水利組合なのか臨沃水利組合なのかよくわからないものの…この建物について書こうと思ったのは、周辺の風景と建物の佇まいに心を揺さぶられたからです。

益山駅近く、かつて日本人が多く住んでいたエリアにはぽつぽつと統治時代の建物が残っており、近代歴史文化通りのようなものを造って保存する動きがあり予算を確保したというのをニュースで知りました。そうなるととてもきれいな不思議な観光地(それはそれでいいと思います、否定的には見ていません)となってしまうので、そうなる前に今ある姿をそのまま記録しておきたい、そんな気持ちでふらりと益山に行ってきました。

保存運動をしていた鳴門(鳴戸?)旅館もなくなっていました。驚いたのは再開発エリアに指定されてある区画がごそっとすっかり更地になっていることでした。
そこに、益山の近代建築の代表ともいえる益沃水利組合の建物だけがぽつねんと残っているのです。

 


 

水利組合の建物側から見た様子。目の前にはおそらく日本家屋だと思われる建物。

 


 

 

建物の三階から見た様子。建物の隣に70年代に建てられたといういい感じの新庁舎(なんと私と同い年)もすっかりなくなっていました。

 

 


 

 

建物は登録文化財第181号、1930年8月に竣工。水利組合とは?どんな事業を?というのはここでは省略します。こちらに調査書のPDFがあります。

 


 

窓を閉めたまま撮ったので下のほうがぼけていますね、ご了承を。

 

 


 


 


 

一応文化センターとして残っている建物ですが、十分に活用されていないように見受けられました。とりあえず残した、そんな剥製の感じ。
周りにどんな建物がたつのでしょう。建物ははじめから道路に面しておらず、少し奥まったところにあるのですがこれはどうしてなのか気になります。ともあれ、周りの更地をずっと眺めていた梅雨入りのある一日の午後でした。