上岩洞

ソウル日本人学校やドワイトスクールなどの学校へ徒歩で通える、外国人が住むのに比較的環境が整っているということで、ここ数年上岩洞(サンアムドン)に住む在留邦人(と他国の人々)の数が増えています。上岩洞はソウル西北部に位置、京畿道(キョンギド)高陽(コヤン)市境に接しています。上岩洞と言えば、韓国の主要メディア関係やIT企業の会社が多く集まるDMC(デジタルメディアシティ)。鉄筋コンクリートとガラス張りの“イメージ通りの近未来風ビル”が建ち並び、現在も新しいビルが次々と建設されています。

ビル街と平行するようにマンション街が広がり、DMC駅近くには飲食店および低層住宅が密集しています。そして、漢江の風景を見渡せるワールドカップ公園(4つの公園から構成)。広大な人口緑地公園で、週末になると多くの人が訪れます。今回は緑の公園と近未来風な街の意外な横顔、上岩洞の歴史をご紹介しましょう。

■上岩洞の由来

上岩洞は朝鮮王朝時代、漢城府(現在のソウル)北部の水岩里契、水生里契(契は行政区域の単位)が1894年以降に水上里、休岩里と呼ばれるようになった地域です。1911年に京城(日本統治時代のソウルの呼称)府延禧面に属すこととなり、1914年4月1日に京畿道高陽郡延禧面上岩里になりました。水上と休岩から上と岩の漢字をとって上岩です。日本統治時代、統合する地名と地名の漢字の一部をくっつけて新しく地名を作ることがよく行われました。その後上岩里は1949年にソウル市に編入。1950年に上岩洞となり、1975年に西大門区から麻浦(マポ)区の管轄になりました。

ワールドカップ公園があるため、麻浦区で最も面積の広い洞(行政単位、町)となっています。現在のワールドカップパーク団地およびDMCエリアは20年くらい前までは見渡す限り畑で、あぜ道にはセリがたくさん生えていました。このあたりは漢江が氾濫すると水害が頻繁に起き、ひざまで浸かりながら歩かなければならなかったそうです。DMCエリアは、盛り土をして土地を高くして開発が進められました。

 



 

■マンション街に突如現れる木造平屋、操車場の跡

上岩洞に隣接する恩平区水色(スセク)洞には京義線水色駅があります。京義線は1906年開通した龍山駅~(現在北朝鮮の)新義州間を走る鉄道です。1908年に開業した水色駅は1945年以前は重要な交通の要衝地と考えられていました。そのため旧日本軍の将校らが近くに住んでいました。2005年、ワールドカップパーク2団地造成の際、壊されようとしていた木造平屋22棟が実は1937年頃に建てられた日本軍の官舎だと調査でわかり、SH公社(日本のURのような都市開発公社)に文化財庁から保存要請が入りました。

元々2団地近くにそのまま解体・移築する予定であったのが住民らの反対によって保留になり、紆余曲折の末にワールドカップ10団地付属の公園敷地内へ暫定的に保存されることになりました。移築された家屋二棟と防空壕が、ソウル日本人学校の目の前にあります。負の文化遺産をわざわざ見に行く人はほとんどいないそうで、現在は非公開。維持費がかかると問題になっているとか…



そしてもうひとつ。ワールドカップパーク11、12団地近くには、1940年代に整備された水色操車場と一部と思われるコンクリート群が残っています。操車場は停車場の一種で、貨物列車などの組成・入換などを行う場所。現在も操車場としての機能がありますが、当時の操車場は規模が大変大きく、上岩洞と隣接する高陽市の町のあちこちに水色操車場の痕跡と思われるものがあります。



■蘭芝島、美しい風景からゴミ埋立地へ

現在のワールドカップ公園一帯は、かつては漢江河口にある大きな砂州でした。蘭や紫草(漢字が後には芝と書くようになったそうです)が咲く美しい風景であったことから、いつからか蘭芝島と呼ばれるようになりました。朝鮮王朝後期の画家鄭敾(チョン・ソン、1676~1759)が描いた『京郊名勝帖』中、錦城平沙(クムソンピョンサ)の絵に蘭芝島が登場します。

1970年半ばまではキビや落花生、野菜などを育てる約70世帯が住み、のどかな農村地帯だった蘭芝島。葦が生い茂る湿地帯にはたくさんの渡り鳥が往来し、自然の宝庫でもありましたが、台風や集中豪雨による漢江氾濫の被害は深刻でした。ソウル市は1977年と1980年に堤防を造り蘭芝島を陸地化、同時期にごみ及び汚物処理場として活用することにしました。



その頃ソウル市内の長安洞、上渓洞、蚕室などのごみ埋立地はいっぱいになっており、ソウル郊外で比較的交通の便がよい蘭芝島が、新たなごみ埋め立て地として選ばれました。1978年から1993年の15年間、約82万坪の蘭芝島に約9千200万トンのごみが埋め立てられました。1日約2万トン、ソウル市内のごみ運搬トラック約2千台分だそうです。埋め立てられた平地は、処理能力限界までの高さ約96メートルの大きな山になりました。この山ふたつが現在のノウル公園とハヌル公園です。

1989年頃から環境汚染が問題視されるようになり、ソウル市は埋立地閉鎖計画と環境汚染対策を決定。1993年3月に埋立地は廃止されました。当初はごみを海岸埋立地帯に運び、蘭芝島埋立地を平らにしてニュータウンや業務用地を造るという計画でしたが、最終的に市民の憩いの場所として山を活かした自然公園を造ることになりました。5年に渡る事業計画と5年の工事を経て誕生したのがワールドカップ公園です。そして、畑だったエリアは2002年の日韓共催のワールドカップ杯に合わせ、大規模なマンション街とDMC地区の造成が進められました。現在は土地の値段も上がり、埋立地だったことが大変遠い過去のように感じられます。

 



 

■おすすめのスポット、お店

ワールドカップパーク4団地の近くに、比較的規模の大きいコンクリートの建物があります。朴槿惠(パク・クネ)前大統領の父親で、1963年から1979年まで大統領を務め『漢江の奇跡』と呼ばれる高度経済成長を実現させた人物、朴正煕(パク・チョンヒ)大統領記念・図書館です。様々な批判を浴びつつも2012年にオープン、彼の業績と軌跡を紹介する展示館となっています。韓国の高度経済成長の歴史を学べる展示から元大統領と陸英修(ユク・ヨンス)夫人の遺品の展示まで、関心のある方にはおすすめしたい隠れ観光スポットでもあります。



DMC駅からほど近い、飲食街の中にある『ブックバイブック』は、独立書店と呼ばれる個人経営の本屋さん。弘大(ホンデ)界隈の独立書店から広がっていった独立書店ブーム、あちこちに個性的なお店が次々とオープンしていますが、『ブックバイブック』は辺境(?!)とも言える上岩洞に2013年10月オープン。紹介している本のセンスはもちろんのこと、様々なイベントを積極的に行っていて、多くの固定ファンに愛されている書店です。

DMCのランドマーク的存在であるMBC(韓国のメジャーなテレビ局)社屋横、MBCモールの2階にある『ボヘミアンパク・イチュコーヒー工場上岩店』は、韓国東北部の江原道(カンウォンド)に本店がある有名なカフェ。ハンドドリップコーヒーを広めた立役者として知られるパク・イチュ氏のお店はDMCにも進出しています。お店でローストされた豆を使い、ていねいにドリップしたコーヒーがいただけます。ランチタイム前後は大変混むので、ゆっくりしたければ、その時間帯を避けて訪れることをおすすめします。



■朴正大統領記念・図書館
住所:ソウル特別市 麻浦区 上岩洞 1693
서울특별시 마포구 상암동 1693
電話番号:02-716-9345

※2018年6月30日まで施設内工事中

<お店情報>

■ブックバイブック(북바이북
住所:ソウル市 麻浦区 上岩洞 19-4
서울시 마포구 상암동 19-4
電話番号:02-308-0831

■ボヘミアンパク・イチュコーヒー工場上岩店(보헤미안박이추커피공장 상암점
住所:ソウル市 麻浦区 上岩洞 1603 MBCモール2F
서울특별시 마포구 상암동 1603 MBC몰 2층
電話番号:02-372-6688