石串洞・懿陵内旧中央情報部講堂

懿陵(ウィルン)は、朝鮮第20代王・景宗(キョンジョン、在位1720~1724年)

と景宗の継妃・宣懿王后(ソニワンフ)の陵(王家の墓)で、ユネスコ世界文化遺産に登録されている朝鮮王陵(チョソンワンヌン)40基の一つです。ソウル市内に王陵ってけっこうあるのですね。懿陵は初めて行きました、敷地内に登録文化財第92号に指定されている旧中央情報部講堂があるので、それを見るためです。


 

中央情報部(KCIA)は朴正煕時代の韓国の情報機関で、1961年に組織されました。こちらの講堂は建築家羅相晉(ナ・サンジン)による設計で鉄筋コンクリート二階建て、会議室の棟はその10年後の1972年に建てられました。1972年7月4日、韓国の李厚洛中央情報部長と、北朝鮮の朝鮮労働党組織部長金英柱が、南北共同声明の文書を交わした場所として知られています。


 

緑いっぱいの都会のオアシスのような懿陵の敷地内に、いきなりこの建物が現れるのでちょっと驚きます。敷地内には中央情報部の本庁もあったそうです。ん?なんだか、ある意味景福宮の中に総督府の建物が…ごにょごにょ(もちろん一緒にするべきところではないですし、これ以上は言うのはやめておいたほうがいいですね)
1972年に南山に本庁が完成し国内関連の業務は南山で、海外関連の業務は石串洞の本庁で行われるようになったといいます。
こちらの講堂現在は非公開、メンテナンスをしていないのか全体的に傷んでいる印象がありますが、室内は結構きれいに保存されているそうです。

 


 

独特な外観です。1970年に設計した東仁川にある旧第一銀行(現在SC銀行)の建物と少し似ていますね。羅相晉の設計として知られているのは、他にオリニ大公園内のクムマル、南大門のグランドホテル(1階に韓国商業銀行南大門支店、現在の興国生命)などがあります。
明洞の8SECONDSの建物(1980年だったかな?)もそうです。